【研究開発の背景と目的】

福島第一原発事故により、発電所サイト外に放射性核種が放出され、現在の環境中の空間線量は、そのほとんどが放射性セシウム(Cs-134及びCs-137)の寄与によるものである。これまで、種々の被ばく低減対策の立案にあたり、放射線モニタリングで測定された空間線量率に基づき、1日の生活パターンや屋内での線量低減を一律に仮定し、年間の線量が推計3)されてきた。一方、事故からの復興で重要な住民の帰還等に向けて、よりきめ細やかな被ばく線量の予測等の必要性が指摘されている。その中で、日常生活では、建物内で過ごす時間が長いため、帰還後の被ばく線量レベルの予測では、建物内の線量の推計が重要となり、モニタリングされる屋外の線量からの低減効果を正確に見積もる必要がある。また、被ばくを低減するためには、各種建物の線量低減効果の特徴を把握することが重要である。

木造家屋やコンクリート造の建物内での線量低減効果に関するデータは、国際原子力機関(IAEA)の技術報告書4)の中で示されている。しかし、この報告書に示されているデータは、日本とは特徴の異なる欧米の建物の調査結果に基づいている。そこで、福島県内の建物を調査し、住宅や他の多くの人々が集まる建物の特徴に応じて、建物内部の線量を解析する技術を開発し、屋外の線量に対する線量低減の傾向を評価した。

【解析手法】

日常生活で滞在する建物の建材や構造の違いにより、ガンマ線の透過率が変化するため、内部での線量低減の様子は建物により異なる。また、被ばく線量評価の観点からは、居住する住宅、学校、入院する可能性のある病院等の滞在時間の長くなる建物、あるいは庁舎や役場等の多くの人が訪れる建物の線量低減効果が重要となる。そこで、建築の専門家の協力を得て、福島県内の建物について、住宅の統計資料や衛星写真による学校や病院等の大きさの調査、街並みの概観調査等を行った。これらの調査により、福島県内では住宅においては在来工法による木造家屋の占有割合が高いこと、コンクリート造建物の学校や庁舎等においてはその用途に応じて規模が異なること等の傾向を把握した。そこで、これらの結果に基づき、占有割合の高い在来工法の木造家屋は屋根の構造や敷地面積の異なる5種類、校舎は幼稚園から高等学校に該当するものを5種類、庁舎・役場や病院は規模の異なる建物をそれぞれ2種類等、線量低減を解析する対象として合計27種類の建物を選定した(表1)。

選定した建物については、その用途を考慮して、内部を間仕切りし外壁に窓を配置して三次元体系でモデル化した(図1)。このモデルを用いた最新の計算シミュレーション手法により、土壌中に半無限の広さで一様に沈着したCs-134またはCs-137 から放出されるガンマ線が建物内に入射する様子を一つ一つ模擬して、各建物内の部屋毎の線量を計算した。また、屋外のひらけた地面上で線量を計算し、この値に対する屋内の各部屋における線量の比を線量低減係数(RF) 5)として評価した(線量低減係数が低いほど、屋内における線量は屋外と比較してより低くなる。)。また、建物内の線量分布を詳細に計算し、その結果を二次元の画面上に図示し、各建物の構造等が内部の線量低減効果に与える影響を分析した。また、解析結果については、実測値との比較により、検証を行った。

【得られた成果】

在来工法による2階建の木造家屋について、土壌中にCs-137が沈着している条件に対する線量低減係数の解析結果を図2に示す。左側の図は各階の平面図で、右側の図では、暖色系(赤色)の部分で線量低減係数は高く、寒色系(青色)になるに従い線量低減係数は低くなっていく。なお、Cs-134及びCs-137から放出されるガンマ線の平均エネルギーは、それぞれ約694keV及び約662keVと近い値であり、物質中での減弱に大きな差はないため、線量低減係数はほぼ同等となった。

木造家屋内の線量低減係数は、図2に示すように外壁から中心部に向かって低下した。また、5種類の在来工法の木造家屋の比較では、敷地面積が大きいほど線量低減係数が低くなった(図2(a)及び(b)の家屋の敷地面積は、それぞれ11.7×7.2m2及び7.2×4.5m2)。これらの原因は、家屋直下の地面に放射性セシウムが存在しないことが線量低減効果の主因となっているためである。一方、Cs-137から放出されるガンマ線に対する木造家屋の外壁及び内壁の遮蔽効果は小さく、線量低減へ大きく寄与しない。また、土壌中の一定深さに沈着している放射性セシウムから放出されたガンマ線が1階へ入射する場合、2階へ入射する条件よりも土壌中での通過距離が長くなり、より減弱するため、屋根の汚染を考慮しない場合でも、1階の方が2階よりも線量が低くなる傾向を明らかにした。土壌中に放射性セシウムが沈着している条件に対する在来工法の木造家屋、プレハブ住宅、重量鉄骨造住宅、アパート等の住宅について、各部屋単位の平均的な線量低減係数は、建物の大きさや建材の影響を受けて変化し、1階では0.3から0.6、2階では0.4から0.7の範囲となった。なお、これらの数値は、線量低減効果の小さい外壁近くでの寄与も含んでいる。また、これらの線量低減係数については、実測結果との比較検証により妥当であることを確認している。

コンクリート造の建物は、木造住宅よりも壁等の遮蔽効果が大きいため、内部の線量はより低減した。鉄筋コンクリート造住宅では、線量低減係数は0.1から0.2の範囲であり、コンクリート造の中層マンションでは、線量低減係数は0.15未満となった。また、コンクリート造の建物では、各階の床等の遮蔽効果により、上層階に行くほど線量低減係数は低くなった。図3に内壁のある病院、オープンスペースのビル(大型庁舎)について、線量の最も高くなる1階の線量低減係数の分布を平面図と合わせて示す。遮蔽効果の小さい窓の近くで線量が高くなるエリアがあり、図3(a)の病院内で線量低減係数は、部屋平均の線量が最も高くなった窓のある治療室では0.10となる一方で、窓のないX線室では0.02とより低くなった。また、図3(b)の大型庁舎は、内部がオープンスペースで外壁に4面に窓を配置させた構造となっているが、窓から離れるにしたがい、線量低減係数が低下して中央付近で最も低くなった。

滞在時間が長い住宅、または多くの人が訪れる可能性のある公共的な建物の建材や構造等の特徴に応じて評価した線量低減係数は、屋外でのモニタリング結果に基づく、屋内の正確な線量推定に有効となる。本解析の詳細や全27種類の建物内の線量低減係数等を取りまとめた「JAEA- Research 2014-003」は、平成26年3月に刊行される。

【今後の予定】

平成25年11月20日に原子力規制委員会は個々の住民の被ばく線量を出来るだけ正確に把握することが重要であるという方針を示した。これを受けて、同年12月20日には国の原子力災害対策本部が、住民帰還の判断に資するよう帰還後に想定される個人線量のレベルを予め把握する方針を示した。本手法を利用して整備される線量低減効果に関係するデータは、今後の住民帰還へ向けた被ばく線量レベルの予測、被ばく低減対策等に寄与するものと考えられる。

原子力機構としては、今後、実際の生活環境により近い、数戸の家屋が隣接する住宅地や近傍に斜面が存在する状況も考慮して、これら周囲の環境が建物内の線量低減効果へ与える影響等を解析する。また、線量を効果的に低減するために、遮へい物の設置方法等の検討も行う予定である。

表1 線量低減効果データの解析対象とした建物とその特徴

図1 建物の三次元体系モデル(外観図と1階部分の平面図)

図2 在来工法の木造家屋の平面図と線量低減係数の分布(点線囲み部が家屋の敷地)

図3 コンクリート造建物の1階部分の平面図と線量低減係数の分布


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