【背景と経緯】

ほとんどの金属表面は金属光沢を示します。これは自由電子と呼ばれる金属内部を自由に動き回る電子が、金属への可視光の侵入を遮断し、光を反射するからです。紫外線のように可視光よりも波長が短い光では、金属は光を吸収するようになり、紫外線が金属を透過するとは考えられていませんでした。実際、様々な金属の紫外線に対する透過率が調べられていますが、数ミリ厚の金属を紫外線が透過する報告はありませんでした。一方で、まだ十分に紫外線透過率が調べられていない金属もあり、そのひとつがナトリウムです。ナトリウムの光学的な特性は20世紀前半から調べられてきました。1930年代に米国ジョンズホプキンス大学の研究者により紫外線域に透過の可能性があるという指摘に続き、1960年代には、米国オークリッジ国立研究所で厚さ1マイクロメートル(マイクロは千分の1ミリメートル)以下のナトリウム薄膜を用いて精力的な研究が行われましたが、光学的性質の一つである透過率の詳細は明らかにできませんでした。

近年、国立大学法人大阪大学の福田教授らにより、紫外線領域における高い透過率およびその性質を用いた可視化技術による応用研究の重要性が指摘されました。原子力機構の関西光科学研究所で実施した予備実験により透過の可能性を確認するに至り、共同研究グループではナトリウムの透過率の精密測定を目指しました。精密な透過率の測定には、酸化の無いサンプルを準備することが必要不可欠です。そこで、原子力機構敦賀本部のナトリウム取扱研修施設にあるナトリウム専用のグローブボックス6)内で、品質の高い金属ナトリウムをフッ化マグネシウム(MgF2)という紫外線を通す窓材に挟み込む工夫を施しました。その結果、長時間にわたって金属としての性質を保持できる高品質なナトリウムサンプルを作成(図1)(図2)することに成功しました。

図1 ナトリウム取扱研修施設にあるグローブボックス内でのナトリウムサンプル作成作業の様子/図2 作成されたナトリウム資料

【研究の内容と成果】

グローブボックス内で作成した高品質のナトリウムサンプルは、原子力機構敦賀本部のレーザー共同研究所の紫外線照射試験装置7)(図3)の中に装填しました。紫外線照射試験装置は、市販の安価な重水素ランプから紫外線を発生させる光源部、サンプルの保持と温度をコントロールするためのヒーター、ナトリウムサンプルを透過した光の波長と波長毎の光量を測定する分光器からなります。

今回用意した金属ナトリウムサンプルの厚みは1−8ミリメートルで、光源から発せられる紫外線をナトリウムサンプルに照射した際に、サンプルの裏側に透過してくる光の有無を分光器により調べました。その結果、波長115-170ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)の紫外線がナトリウムを透過することを世界で初めて実験的に明らかにしました。その際、ナトリウム中で紫外線が透過する割合(透過率)は1ミリメートルあたり90%以上になりました。更に共同研究グループは、ナトリウムが液体化した際の透過率を調べるために、ヒーターでナトリウムを150℃まで加熱して液体状態での透過率を測定したところ、固体の場合とほぼ同様の透過率が得られることもわかりました。

次に、紫外線を照明に使うことにより、ナトリウムに隠された物体の透視の模擬実験を行いました。図4のとおり紫外線は厚さ8 ミリメートルのナトリウムを透過し、その後ろに配置した目の粗さ1ミリメートルの網(メッシュ)の像の取得を試みました。図5はその時に得られたメッシュ像です。メッシュの金具部分の太さは0.1ミリメートル(100マイクロメートル)であり、その部分が明瞭に撮影されています。図中パイレックスガラスと書いた部分には厚さ1ミリメートルのパイレックスガラス板が挿入されています。これは目に見える光(可視光)は透過しますが、紫外線は透過しないパイレックスガラス板で覆われた部分です。ここが黒くなることから、今回得られたメッシュ像は、ナトリウムを透過した紫外線によるものであることが検証できます。

図3 ナトリウムの透過率測定に使用した紫外線照射試験の配置図

図4 紫外線を照明に使うことにより、ナトリウムに隠された物体の透視の模擬実験の配置

図5 厚さ8ミリメートルのナトリウムの透過像を世界で初めて取得しました

【今後の展開】

今回の研究結果は、従来の金属理論では考えられない高い紫外線透過率を示した実験例であり、基礎科学の観点から、ナトリウムや、それと同種の原子構造を有するアルカリ金属の光学的性質に新たな理論的課題を提供するものと期待されます。また、技術的観点からは、これまで光は一切通さないと考えられてきたナトリウムの中で起こる種々の現象を、光を用いてリアルタイムで透視する新しい技術の可能性を示したといえます。これまでにナトリウムの可視化手法としては、様々な媒体で定評のある超音波を用いた手法がありました。0.3ミリメートルの分解能が実証されていますが、データ取得、処理に長時間要するために、リアルタイムの動画記録は困難なのが現状です。その一方で、高温ナトリウム中で用いる動力装置やナトリウムの容器の内壁の様子などをリアルタイムで可視化する装置の開発を望む声は、従来からありました。今回の紫外線を用いた十分な厚みを持つサンプルの透視成功は、ナトリウムを使用するプラント等、産業利用施設における保守管理やナトリウムの流動現象の高精度な理解に貢献する高精度モニター技術実現に向けた疑問の余地のない原理的発見と位置付けられます。


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