研究開発の背景と目的

水素を利用したクリーンエネルギー社会の実現に向けた課題の一つに、貯蔵方法の問題があります。水素貯蔵には、安全に必要な量をすぐ取り出すことができ、簡単に再充填でき軽量コンパクトであるなどの多くの性能が要求されています。これらをすべて満たす方法は見つかっていないため、世界的に研究が進められています。現在開発が進められている水素を燃料とする燃料電池自動車では、高圧水素ガスタンクが水素貯蔵容器として用いられていますが、体積が大きく安全上の問題も残されています。水素化物を利用した水素貯蔵法はこれらの問題を解決することのできる次世代の技術として注目されていますが、十分な性能を発揮できる材料はまだ開発されていません。ここで資源的に豊富で軽金属であるアルミニウムは、燃料電池自動車への搭載において有利となる軽量な水素貯蔵材料を実現するための有望な原料のひとつと考えられています。

アルミニウムを主原料とする水素化物の開発はこれまで技術先進国を中心に広範に取り組まれていました。軽量かつ高い密度で水素を蓄える代表的な材料としてアルミニウムの錯体水素化物4)が挙げられますが、水素の吸収と放出のいずれの機能も備えた材料を実現するには至っていません。一方、多くの金属・合金は錯体水素化物とは性質の異なる侵入型の水素化物を形成することが知られていますが、軽金属アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物の合成に成功したとの報告はありませんでした。アルミニウムを主原料とする侵入型水素化物の合成に成功できれば、軽量な水素貯蔵材料の探索が飛躍的に進むと期待されています。

本研究の目的は数百度、10万気圧の高温高圧下で極めて反応性が高い水素流体状態を作り、アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物の合成を実現することです。高温高圧下で新しい物質を合成するための条件を見いだすことは一般的に非常に困難ですが、大型放射光施設SPring-8における放射光その場観察実験によって合成条件を迅速に決定することに成功しました。

図1 本研究で使用した装置の模式図

研究の手法

アルミニウムと銅の合金であるAl2Cu合金の粉末を高温高圧水素流体と直接反応させることで侵入型水素化物の合成を試みました。高温高圧発生と放射光その場観察実験は、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL14B1に設置されたマルチアンビルプレスとよばれる装置を用いて行いました (図1)。温度と圧力を変化させながら放射光その場観察により試料の様子を観察することで、水素化反応の有無を調べることができます。

放射光その場観察はX線回折法と呼ばれる手法によって行われました。合金や水素化物中では原子が規則正しく並んでいます。X線回折では原子の並び方の間隔、すなわち面間隔に対応したところにピークが現れます。この面間隔と回折X線の強度の関係をX線回折プロファイルと呼びます。合金が水素化されて原子の並び方が変わると、このピークが違った位置に現れることになります。今回の実験では12秒おきにX線回折プロファイルの記録を行いました。

得られた成果

図2はAl2Cu合金が水素化される前後の様子を放射光その場観察で調べた結果です。10万気圧、約800℃に到達直後に記録されたプロファイル(一番下)は、約60秒後から青丸で示した面間隔の位置に新しいピークを示すような変化を始めることが分かりました。これは水素化反応によって原子の並び方が異なった水素化物ができ、その量がだんだんと増えていくことを示しています。高温高圧下で合成された水素化物Al2CuHは常温常圧に回収することができました。回収された試料の分析と第一原理計算から結晶構造を調べたところ、図3に示すようなAl2Cuの金属格子の隙間に水素が入った侵入型水素化物が形成されていることが明らかとなりました。また第一原理計算から水素原子と金属との結合状態を解析した結果も、この水素化物が侵入型の水素化物であることを強く支持するものでした。

図2. 放射光その場観察により得られた水素化反応前後のAl2Cu試料からの粉末X線回折プロファイルと、対応する原子の並び方を示した模式図

水素化物の結晶構造が明らかになった上で、もう一度放射光その場観察の実験結果と水素化反応による原子の並び方の変化を詳しく見てみます。図2の右側に示した模式図は図3の結晶構造を上から見たものです。水素化反応前では図2右下のように4個のアルミニウム原子に囲まれた緑色の菱形部分に隙間が存在しています。水素化反応が起きるとアルミニウム原子が水色の矢印で示したように動くことで、図2右上に示したように緑色の菱形部分の隙間が大きくなり、その隙間に水素が侵入していることが分かりました。

図3. Al2CuHの結晶構造

今後の予定

本研究によってアルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物が合成できることが明らかになりました。今後、同様の手法によって多くの種類のアルミニウムを主原料とする侵入型水素化物を実現できるようになると期待されます。例えば、合金中の銅の一部を他の類似金属に置き換えることで、別の水素化物が開発可能になります。アルミニウムを主原料とする多種多様な侵入型の水素化物を合成することができれば、水素貯蔵特性の高度化が図られ、軽量で安価なアルミニウムを主原料とした高性能な水素貯蔵技術を実現するためのブレークスルーがもたらされます。


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