【研究開発の背景と目的】

物質は、温度などの外部要因によって、固体、液体、気体に見られるように様々な「状態」をとります。また、同じ固体でも結晶構造などが変化することがあります。このような異なる状態においては、原子や分子の並び方、電子の在り様などが変化しています。リニアモーターカーなどで知られる「超伝導」も、物質を極低温に冷やすことにより現れる「状態」を利用したものです。通常の超伝導では、結晶中の原子(格子)の振動が超伝導をもたらす電子状態を引き起こしますが、アクチノイド化合物と呼ばれるウランやプルトニウムなどの元素を含む化合物においては、磁気状態の揺らぎがこれを引き起こしています。高い超伝導転移温度もこの磁気揺らぎに起因すると考えられるので、その超伝導機構の解明が高温超伝導体開発の鍵と考えられています。また、これら化合物では、超伝導状態にもいくつか異なる状態があることが分かっており、物質物理を探る上で興味深い対象となっています。

ウラン(U)を含む化合物URu2Si2では、1985年に、超伝導状態に至る前の17.5K(約-256℃)という極低温において、それまでに報告されている物質の状態とは異なると考えられる未知の状態が発見されました。この状態は新しい磁気状態であると推測されています。この物質の超伝導は未知の状態を経てしか現れないため(図1)、新しい磁気状態に誘発された新しいタイプの超伝導が生じている可能性があります。磁性と超伝導の関係を統一的に理解するためにも、この未知の状態の理解は重要と考えられていますが、発見以降25年以上にわたる精力的な研究にもかかわらず、この状態を引き起こす要因は解明されていません。

URu2Si2の電子系は、17.5K以上では4回対称性を持っています(通常の状態)。一方、17.5K以下の未知の状態では、その対称性が4回対称から2回対称へ変化していること(図2)を示す実験結果が、2011年に京都大学と原子力機構との共同研究で発表されました。この2回対称状態を詳細に知ることが未知の状態解明への鍵であり、当研究グループでは、2回対称性の原子レベルでの検証により2回対称性の起源となる電子状態の解明を目標としました。

図1: URu2Si2における超伝導と未知の状態

図2:電子系の4回対称状態と2回対称状態

【研究の手法と成果】

固体の磁気は主に電子に起因して生じています。よって、磁気の状態(異方性)を見ることで電子状態のひずみを知ることもできます。これまでは、試料に特定方向の磁場をかけたときの応答により磁気異方性が測定されていました。これは試料全体での巨視的な磁気異方性を見ていることになります。しかし、単結晶試料の中でもある方向に磁気の向きが揃った磁区3)が多数存在し、相互に向きを打ち消し合ってしまうため、測定の精度が試料の大きさに依存するという難点がありました。そこで当研究グループでは、「核磁気共鳴(NMR)法」という、試料の原子一つ一つを区別して見ることのできる微視的な実験手法を用いて、試料の大きさに依存しない磁気の異方性を測定しました(図3)。

今回はURu2Si2におけるSi核のNMRを測定しました。NMRを測定するには、磁気共鳴する原子核が必要です。Si核においては、29Si同位体がそれに当たりますが、Siを構成する同位元素中これは4.7%しか存在しないため測定は困難でした。そこで、信号強度を強めるため29Si同位体のみを濃縮したURu2Si2単結晶を測定に用いました。また磁気異方性を見積もるためには、結晶に対する磁場の方向を非常に正確に制御する必要があります。そこで0.1度以内の精度を持つ2軸回転試料ステージも開発しました(図4)。

その結果、この化合物における2回対称の磁気異方性の精密な値を得ることに成功しました。今回の測定では、磁場をかけない場合(ゼロ磁場下)でも原子レベルの非常に弱い磁気とその2回対称の磁気異方性が残ることを初めて明らかにしました(図5)。試料全体で一方向にそろった磁気がない(通常の永久磁石状態になっていない)ことから、今回見いだされた原子レベルの磁気は互い違いの向きになっていると考えられます。また今回決定された磁気異方性の方向も考慮すると、図6のように原子レベルの磁気が生じており、それがゼロ磁場下でも保たれていると結論づけられます。

また、原子レベルの磁気は非常に弱いこと(1ガウス程度)がわかりました。通常の磁石の状態(図7右)では、10ガウス程度の強い磁気が生じてしまいます。磁気の源は、電子の「自転(スピン)」と「軌道運動」であり、物質の磁気状態はこの2つの要素の組み合わせで特徴づけられていますが、未知の超伝導前駆状態が、スピンと軌道の両方に偏りが生じる図7左のような状態であれば、観測された非常に弱い磁気を説明できます。この状態はこれまでどの物質でも観測されたことはなく、URu2Si2の超伝導前駆状態が磁気すなわち電子状態としても全く新しいものであることを示唆しています。

【今後の展開】

URu2Si2の超伝導は、図1に示すように、通常の状態から未知の状態を経ないと現れません。今後、この新たな磁気状態により超伝導が誘発される仕組みを明らかにすることで、新しい超伝導機構提案の可能性を拓くものと考えられます。

図3:2回対称の電子状態と磁気異方性(上図)。巨視的な磁気測定と微視的なNMR測定の違い(下図)

図4:2軸回転試料ステージ

図5:磁気異方性の磁場依存

図6:原子レベルで生じている磁気の様子(構造)(図3のU原子のみを表しています。)

図7:磁気すなわち電子状態を示す模式図


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