【背景と経緯】

半導体や金属による従来のエレクトロニクスは、近い将来に微細加工プロセスに頼った発展が限界に至ることが予想されています。これに対するブレークスルーとして、スピントロニクス技術による、低消費電力で高機能を有する素子の実現が期待されています。グラフェンは、スピン情報の伝達に適した性質を有することから、エレクトロニクスにおけるシリコンのように、スピントロニクスにおける基盤材料としての役割が期待されています。

グラフェンをスピントロニクスに用いるためには、スピン注入、輸送および検出などスピンの状態を制御する技術が不可欠で、中でも磁性電極と直接接合させてスピンを注入する技術の開発は重要な課題となっています。同技術の開発を進めるためにはまず、電極となる磁性金属と接するグラフェンの電子スピン状態を明らかにする必要があります。しかし、従来のスピン状態の観測手法では、原子一層にすぎないグラフェンからの計測信号が磁性金属からの強い計測信号に埋もれてしまうため、グラフェンのみの電子スピン状態を調べることが難しいという問題がありました。

【研究の内容と成果】

本研究では、原子レベルで平坦な磁性金属の表面をグラフェンで完全に被覆した構造のグラフェン-磁性金属接合体に対して、表面の一原子層のみの情報を検出できるスピン偏極準安定ヘリウムビームを照射することで、グラフェンのスピン状態を直接的に観測することを試みました(図1)。この接合体は、磁性金属のニッケル(Ni(111))単結晶薄膜にグラフェンをエピタキシャル成長7)して作製しました。本実験の結果、表面にあるグラフェンのみの電子及びスピンの状態を検出することに初めて成功しました。

図2にグラフェン-ニッケル接合におけるグラフェンのスピン状態の観測結果を示します。磁性金属と接合していないグラフェンではスピン偏極はあらわれませんが、ニッケルとの接合によりグラフェンの電子にスピン偏極が生じることが明らかになりました。具体的には、14 eV付近の電子にスピンの偏極が観測されたことから、グラフェン中に多数存在する電子のうち電気的特性や接合した物質との相互作用の大きさなど物理・化学的性質を決めるエネルギー領域の電子(伝導電子)のスピン状態が、接しているニッケルからの影響を大きく受けることが分かりました(図2の破線枠内)。さらに、グラフェンの伝導電子はニッケルのスピン(多数スピン)と同じ向きにスピン偏極していることが分かりました。このように、磁性金属との接合がグラフェンのスピン状態に与える影響を解明することができました。

【今後の展開】

本研究により、磁性金属との接合がグラフェンのスピン状態に与える影響が解明され、スピン偏極準安定ヘリウムビームによりグラフェンのスピンを高感度に検出できることも明らかになりました。本成果は、これまで困難であった種々の二次元物質のスピン偏極検出を可能にし、スピン物性の研究や素子開発を大きく進展させるものです。グラフェンへの高効率スピン注入などスピントロニクス技術が大きく進展することで、省電力や高機能素子の実現に繋がるものと期待されます。

【参考図】

図1 実験手法の概念図

図2 横軸の放出電子の運動エネルギーは、グラフェン中の電子が持っているエネルギーに関連し、黄色で示した破線枠内の領域は伝導電子の状態を示している


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