【研究開発の背景と目的】

物質は、温度や圧力などの外部要因によって、例えば「固体」「液体」「気体」に見られるように様々な「状態」をとります。また、同じ固体であってもさらにその結晶構造などが変化していることがあります。このような異なる状態においては、原子や分子の並び方、電子の在り様などが変化しています。
  ウラン化合物(URu2Si2)では、1985年にオランダ、ドイツ、アメリカの3つの研究グループにより、17.5K(約マイナス256℃)という極低温において、それまでに報告されている物質の状態とは異なると考えられる新しい状態が発見されました。それ以降、25年以上にもわたる精力的な研究にもかかわらず、この状態を引き起こす要因は解明されておらず、物質物理学の重要課題になっています。URu2Si2の結晶格子と電子系は、17.5K以上では4回対称性を持っています(通常の状態)。一方、日本原子力研究開発機構と京都大学は、17.5K以下の未知の状態では電子系の状態のみが4回対称から2回対称へ変化していること(図1)を示す実験結果を2011年に発表しました。物質は原子核が組む結晶格子とその周りの電子系によって構成されています。通常、結晶格子の構造は電子系の状態によって決まるため、電子系に2回対称の特徴がありながら結晶格子が4回対称を保っているのは大変不思議なことです。そこで結晶格子をひずませて2回対称性をもたせれば、この2回対称の低温電子状態をより安定にできるのではないかと考え、様々な方向の外力を加えて測定を行いました。

図1

【研究の手法と成果】

結晶のある一方向から力を加えること(一軸圧力)により、人工的に格子ひずみをつくりだし、結晶格子の回転対称性を変化させることができます(図2)。これまでは、低温で正確かつ一定に圧力を保つことが困難でした。今回、液体Heを圧力媒体とすることにより、一軸圧力を低温で自由にかけられる装置を開発し、未知の状態への転移温度の測定を行いました。
  その結果、結晶格子の対称性が4回対称から2回対称へ変わる方向に一軸圧力をかけると、未知の状態への転移温度が圧力の高さに応じて上昇することがわかりました(図3)。格子ひずみにより電子系の2回対称状態がより高温でも出現し、転移温度が上昇していることを示しています。結晶の中の電子系の状態はたくさんある諸条件のバランスにより決まりますが、今回、結晶に力をかけて歪ませることで、人為的にこのバランスに介入できることが実証されました。これにより、物性研究の新たな視点を手に入れたということができます。

【今後の予定】

今後は、電子系と結晶格子に現れた回転対称性の変化が関連する現象をさらに詳細に調べて、未解明の電子状態の解明にせまります。またこれまで結晶構造は電子状態を反映して決まる、という方向でのみ考えられていましたが、新たに、外力による結晶構造の変化を通して電子状態を制御する、ことが実現できたため、これによる新たな電子物性発現の可能性も検討していきます。

図2

図3


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