平成25年3月21日
J-PARCセンター
※このプレスリリースは、独立行政法人日本原子力研究開発機構(JAEA)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で運営する陽子加速器施設とその利用施設群、J-PARCにおける研究に関する成果です。
J-PARCセンター(センター長 池田裕二郎)では、光速近くまで加速した陽子によって生み出される大強度量子ビーム4)を基礎研究や産業利用に供することを目的とした施設の運転とビーム利用研究を行っています。このうち、物質・生命科学実験施設では、高エネルギーの陽子が標的の原子核を粉々に破砕する核破砕反応によって生成した中性子を、パルス状のビームとして様々な分野の実験者に供給するパルス中性子源が設置されています。
同中性子源では、平成20年5月に初めて中性子を発生させ、同年12月には4 kWの陽子ビーム出力で利用運転を開始し、その後、加速器の出力向上とともに、供給する中性子強度を上昇させてきました。さらに、水銀標的内に微小なヘリウムガス気泡を注入して陽子ビームが入射したときに標的容器が受ける衝撃力を緩和させる工夫を施しました。平成24年11月22日からは陽子ビーム出力を300 kWにまで上昇させ、平成24年度下期の実験者向けの利用運転で大強度パルス中性子ビームを安定に提供しています。
この度、この運転で供給された中性子数を計測したデータを詳細に解析した結果、1パルスあたり約65兆個だったことが分かりました。これは、J-PARCよりも2年前に稼働を始めた米国のパルス中性子施設(SNS)の設計値である1パルスあたり約53兆個(1MW(1,000kW)の加速器出力時)を超えるものであり、今回のJ-PARCの出力上昇によって、物質・生命科学実験施設は世界最大の強度のパルス中性子を利用できる施設であることが確認されました(下表参照)。J-PARCの中性子発生能力の高さは、陽子を入射する標的と、この標的から発生する中性子を効率よく集めて実験に適したビームをつくりだす減速材などの機器類について、専門的知識に基づき、個々の形状、寸法、材質、冷却方式のみならず配置の仕方にも工夫を重ねて綿密に最適化した設計を行った結果、もたらされたものです。
今回の中性子源強度の向上によって、物質・生命科学実験施設は、パルスあたりの世界最大強度をもつミュオン源と併せ、二つの世界最大強度の線源を有するビーム利用施設となりました。中性子ビーム輸送系の高度化と合わせ、利用実験では試料の小サイズ化やデータ取得時間の短縮の効果が得られており、中性子、ミュオンに来訪する利用者数が、震災前の1か月あたり580人程度から現在では700人を超えるまでに増えています。
J−PARCでは今後、陽子加速器の高出力化のための整備・調整を進め、出力を1MWにまで上昇させる計画です。これに伴い、供給される中性子強度が更に高まることが見込まれ、物質科学や生命科学等の分野で最先端の研究成果の一層の進展に貢献できることが期待されます。
【表】世界の主要パルス中性子施設の中性子強度比較表
中性子施設 | 1パルスあたりの中性子数 |
---|---|
J-PARC (日本) | 65兆個 |
SNS (米国) | 53兆個 |
ISIS (英国) | 49兆個 |
中性子源の全体は、直径10m、高さ9mの鉄鋼製容器に収納されています。そのほぼ中心に水銀標的が設置されており、将来的にはこれに1MWという大出力(毎秒1015個)の高エネルギー(30億電子ボルト)陽子ビームを入射し、水銀の原子核を核破砕反応で粉々にして毎秒1017個の中性子を発生させます。
水銀標的の上下には、約20K(-253℃)の極低温の水素を循環させた減速材(モデレータ)と呼ばれる機器が設置され、このモデレータにより標的で発生した高エネルギー中性子(温度換算で数百億℃)を-250℃程度まで冷やします。
こうして作り出された実験に最適化された中性子は、中性子源から放射状に伸びた23本のビームラインへ取り出され、それぞれ実験装置へ供給されます。中性子ビームシャッターを上下駆動させることにより、実験装置毎に実験者が中性子ビームの供給と停止を選択できます。
中性子源内のその他の空間は、余分な中性子が外部へ到達するのを防ぐための鉄やコンクリートの遮蔽体で満たされています。
以上