【背景と目的】

国等のモニタリング結果によって、東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)の事故後の初期段階で福島近海に流入した放射性セシウムのうち、海水に溶けていた成分は拡散し、希釈され、その濃度は事故直後に比べて大きく減少していることがわかっている。一方で、堆積物中の放射性セシウムの濃度減少は遅く、今後の海洋環境への影響を予測する上で、海底に蓄積した放射性セシウムの量や、その沈着状況を正確に評価することが求められている。

茨城県北部沿岸域には、放射性セシウムを含む海水が拡散しながら流入したと推測されている。文部科学省が実施している海底土モニタリングの結果、この海域の観測点でも放射性セシウムが検出されており、事故から1年以上が経過した現在も、その濃度が変動することも報告されている。堆積物中の放射性セシウム濃度の分布の成因を理解するには、堆積物中での深度分布や存在形態、堆積物の粒径等を考慮して、放射性セシウムの動態を解析する必要がある。

本研究では、茨城県北部、北茨城市から東海村の沿岸域に定点を設けて、放射性セシウムの濃度分布を詳細に調査し、堆積物への放射性セシウムの沈着状況と輸送過程を解析した。

【研究の手法】

調査は、福島第一原発の南70kmから110km、水深26〜95mの海域において、図1に示す9つの定点を設けて行った。

独立行政法人日本原子力研究開発機構のモニタリング船「せいかい」※1によって、2011年6月から2012年8月までの期間中に5回の調査を実施した。堆積物試料は、国等のモニタリングの基準層である上層(0-3cm層)に加えて、さらに下層(3-10cm層)まで採取し、放射性セシウム濃度(134Cs及び137Cs)を分析した。放射性セシウムの移動のしやすさや沈着状況を解析するために、一部の堆積物試料について、粒径別、存在形態別の分析も実施した。

134Cs/137Cs 比は、半減期に応じた減衰によって調査時期ごとに異なるが、基準日に減衰補正した134Cs/137Cs比は、全ての試料について一定であったため、以下では半減期の長い137Csの結果のみを示す。

【得られた成果】

図2に、堆積物10cm深まで積算した1m2あたりの137Csの蓄積量と水深との関係を示す。堆積物1m2あたりの137Csの蓄積量は、2012年1月現在、3.7 kBqから27 kBqで、水深の浅い観測点ほど大きく、2011年8月以降、目立った変動は見られなかった。この結果から、調査海域の海底への放射性セシウムの沈着は、主に事故後半年以内に起こったと考えられる。

海底堆積物中のセシウムは、(1) イオン交換による表面吸着※2画分※3、(2) 有機物※4によって取り込まれる画分、(3) 鉱物の結晶に強く沈着する画分の3つで構成される。(1) の画分はイオン交換性の試薬、(2) の画分は酸化性の試薬を用いて段階的に抽出することが可能である。図3に、調査海域を代表する2つの堆積物試料について、 (1)から(3)の各画分に含まれる137Csの存在割合を示す。堆積物中の137Csの多くは、浅海域、沖合海域のいずれにおいても、鉱物粒子に強く沈着しており、海水には再溶出しにくいことがわかった。

以上の特徴から、堆積物中の放射性セシウムが、海底付近の海水中の濃度を急激に変化させる可能性は低いため、新たな対策を要する状況ではないが、長期にわたってその量を維持しうるため、その分布を継続的に監視する必要があることが示唆された。

水深50m未満の浅海域では、図4に示すとおり、137Csの多くが3cm以深の堆積物下層に存在していた。浅海域の堆積物は主に砂や礫で構成されており、沖合海域に比べて空隙が多いため、(1) 高い濃度のセシウムを含む海水が堆積物の間隙を経て下層の堆積物と作用する、(2) 放射性セシウムを含む微小粒子が堆積物の空隙に取り込まれる、(3) 底生生物※5が堆積物内部を移動する、といった過程を経て、放射性セシウムが効果的に堆積物深部に運ばれ、蓄積したと考えられる。沖合海域では、放射性セシウムは主に堆積物上層に存在しており、放射性セシウムの堆積物深部への移動性は浅海域に比べて低いことがわかった。

堆積物上層(0-3cm層)における137Cs濃度の水平分布を図5に示す。137Cs濃度は、全体として減少傾向を示したが、浅海域の一部の観測点では、一時的な変動が見られた。このような放射性セシウム濃度の変動は、国等による沿岸海底のモニタリング調査によって福島県及び茨城県の沿岸でも観測されている。

浅海域と沖合海域の代表的な観測点(観測点S4及びS5)において、堆積物試料を75µmのふるいで分け、137Cs濃度を粒径別に測定した結果を表1に示す。浅海域では、堆積物の多くは大径粒子で構成されているが、そこに少量含まれる小径粒子は、大径粒子に比べて数倍高い137Cs濃度を持つ場合があることがわかった。

堆積物中に占める小径粒子の割合は、沖合海域では30〜50%程度であるのに対して、浅海域では1〜60%の範囲で大きく変動する(図6)。浅海域の海底付近では、これらの小径粒子を移動させるのに十分な強さの流れが存在し、放射性セシウムを取り込んだ小径粒子がこの流れに伴って移動と滞留を繰り返すことによって、堆積物上層での放射性セシウム濃度が変動したと推測される。

なお、本研究による放射性セシウム濃度の測定値は、文部科学省の海域モニタリングによる測定値とも整合している。

上記の成果は、学術誌Environmental Monitoring and Assessmentのオンライン版において、11月13日に公表された。

【今後の予定】

本研究で明らかにした放射性セシウムの海底堆積物への沈着状況と輸送過程を、放射性核種移行予測モデルに適用することにより、海底に沈着した放射性核種濃度の将来予測に役立たせる予定である。

図1 本研究による調査海域

図2 堆積物10cm層まで積算した1m2あたりの137Cs存在量と水深との関係

図3 堆積物中の137Csの存在形態別の割合

図4 堆積物中の137Cs蓄積量に占める上層(0-3cm層)への蓄積割合

図5 堆積物上層(0-3 cm層)における137Cs濃度の水平分布

表1 沿岸堆積物中の137Cs濃度と粒径との関係

図6 堆積物(0-3 cm層)に占める小径粒子の割合と水深との関係


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