補足説明資料

【背景】

東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故由来の放射性セシウム(Cs-134(半減期約2.06年)、Cs-137(半減期約30.17年))による環境汚染に対して、現在、膨大な土壌、農作物、食品などの試料中に含まれる放射性セシウムの定量分析が求められています。従来、Cs-134とCs-137の定量分析には、核種を見分ける能力(エネルギー分解能)に優れたゲルマニウム半導体検出器(Ge検出器)が使われてきました。しかしながら、Ge検出器は非常に高価(1,000〜2,000万円程度)であり、サイズ、重量が大きく(2トン程度)、冷却用の液体窒素を常備しなければならないことなどから、利用可能な機関が限られています。

一方、従来、簡易的な定量分析のために用いられてきたNaI(Tl)スペクトロメーターは比較的安価(200万円程度〜)であり、コンパクトかつ軽量で、常温で計測できるなどの利点を持っているため、現在普及が進んでいます(図1)。しかし、Ge検出器と比較するとエネルギー分解能に劣るため、 Cs-134が放出する605 keV(キロエレクトロンボルト)のエネルギーを持つガンマ線とCs-137が放出する662 keVのエネルギーを持つガンマ線を分離して計測することができません(図2)。

図1/図2

本来、放射性物質の定量分析では、試料の調製、計測、データ解析などの過程で様々な影響が生じやすく、それが分析の信頼性を低下させる原因になります。今、放射線測定の専門家ではない、生産・流通・消費に関係する多くの方々が、市販の様々なNaI(Tl)スペクトロメーターで、様々な試料の分析に取り組んでおられます。本研究では、そのような分析者の方々の一助となるべく、個々の事情に合わせてアレンジしやすいよう、オープンかつできるだけシンプルな核種分析の手法を提示することを目指しました。これにより、例えば、山深い観光地における野生食品(キノコ、山菜など)や地元で作られた堆肥といった、分析機関への委託では頻度・コストの面でカバーしづらい対象も分析できるようになり、観光や農業生産の復興に役立つことが期待されます。

【開発した分析手法の内容】

(1)本手法の適用が可能なNaI(Tl)スペクトロメーターの最低条件
  • エネルギー分解能が10%よりも優れている(小さい値をとる)こと
  • チャンネル数注3が1024以上あること
  • 計測データをスペクトル形式(「エネルギー (keV)」に対する「計数値 (count)」の集計)で出力すること
※一般的に、200万円以上の製品であれば、以上の条件を満たしているものが多い。
(2)標準試料の用意
標準試料注4は専門機関から購入することもできるが、汚染土壌等を採取し、手芸用の軽量樹脂粘土によく混和し計測容器に充填することによって、数段階の濃度の標準試料(希釈系列)を自作することもできる。その場合、分析機関に依頼するなどして、試料に含まれるCs-134とCs-137の量を正確に測定しておく。
(3)計測データの解析
NaI(Tl)スペクトロメーターで試料を計測したら、計測データを「エネルギー」に対する「計数値」の集計として出力し、表計算ソフトで読み込む。以下の計算を行う。

【Cs-137】:試料中のCs-137の量にほぼ比例する図3の黒色の領域の面積を求める。
  • 720〜730 keVのエネルギー範囲に対する計数値の総和を5.8倍した値を「ベースライン」注5とする。
  • 662〜720 keVのエネルギー範囲に対する計数値の総和から、「ベースライン」を引く。
  • 求めた値を試料の計測に要した時間(秒)で割り、計数率(cps)とする。
【Cs-134】:試料中のCs-134の量にほぼ比例する図3の灰色の領域の面積を求める。
  • 850〜970 keVのエネルギー範囲に対する計数値の総和を「ベースライン」とする。
  • 730〜850 keVのエネルギー範囲に対する計数値の総和から、「ベースライン」を引く。
  • 求めた値を試料の計測に要した時間(秒)で割り、計数率(cps)とする。
(4)換算式の作成
  • (2)の標準試料をNaI(Tl)スペクトロメーターで計測し、(3)の方法で計数率(cps)を求める。
  • 計数率(cps)と、予め測定しておいた標準試料中のCs-134、Cs-137の量(Bq)の関係を、表計算ソフトでグラフにする(図4)。計測に問題がなければ、これは直線関係になるはずである。換算式(近似式)を表示させる。
(5)Cs-134, Cs-137の算出
  • 一般試料をNaI(Tl)スペクトロメーターで計測し、Cs-134、Cs-137のそれぞれについて(3)の方法で計数率(cps)を求める。
  • 計数率(cps)を表計算ソフト上で(4)の換算式に代入し、Cs-134、Cs-137のそれぞれの量(Bq)を算出する。

図3/図4

【実施例】

下の表は汚染された腐葉土、草地土壌、牛糞堆肥を本手法によって分析した結果を、Ge検出器による分析結果と比較したものです(2012年1月〜2月に計測)。Cs-134、Cs-137のそれぞれに対し、かなり正確な定量を行うことが可能であることがわかります。

比較表

東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故によって放出されたCs-134とCs-137の放射能の比は、事故直後にはおよそ1 : 1でした。物理的減衰によって、事故後一年でおよそ0.7 : 1、二年でおよそ0.5 : 1になっていきます。個別に定量した結果、両核種の比がこの値から著しく離れている場合は、試料調製・計測・解析に不適切な点があるなど、何らかの特別な原因があると考えられます。

【注意点】

分析結果は必ず誤差を伴うため、本手法を食品などのスクリーニング(基準値を超える可能性のある試料を確実に発見すること)のために用いる際には十分な注意が必要です。NaI(Tl)スペクトロメーターを食品のスクリーニングに利用する方法については、厚生労働省がホームページ上で「食品中の放射性セシウムスクリーニング法」として公開しています。


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