研究の背景

固体高分子形燃料電池は、水の電気分解反応の逆反応を利用して、高い効率で化学エネルギーを電気エネルギーに変換できる発電装置である。比較的低温(< 100°C)で動作し、小型化が容易であるうえ、排出物が水のみのクリーンな装置であるというメリットから、自動車やモバイル電子機器の電源、家庭用コージェネレーションシステムとしての普及が期待されている。現在、両極における電極材料として白金が広く使用されているが、非常に高価な材料であるため、普及に向けて使用量の低減が不可欠である。また、一方の電極で起こる酸素還元反応に対し、白金はすべての元素の中で最も優れた触媒活性を示す電極材料であるが、理論的に決定される出力をより有効に活用するためにはさらに高性能な触媒材料の開発が必要である。

最近、本研究グループの森らは、比較的安価な材料である酸化セリウムと白金とのナノ複合体が従来の白金触媒より高い酸素還元反応活性を示すことを見出した。本研究では、活性が向上したしくみを解明することができれば、さらに高性能な電極材料の開発に結びつくとの期待から、大型放射光施設(SPring-8)のX線を用いたその場計測技術により、白金−酸化セリウムナノ複合体触媒における酸素還元反応メカニズムの解明を行った。

成果の内容

X線吸収微細構造法(XAFS)は、物質にX線を照射しそのスペクトルを解析することで、対象物質に含まれる元素の酸化状態と周辺元素の種類・距離・数を決定することが可能な手法である。本研究では、このXAFS法を応用し、従来の白金触媒および白金−酸化セリウムナノ複合体表面で酸素還元反応が起こる状態で測定を行い、酸素還元反応活性の向上に酸化セリウムが果たす役割について検討した。

実験結果に基づく、白金−酸化セリウム複合体の形成過程の模式図を図1に示す。白金粒子と酸化セリウム粒子が接触すると、2種類の酸化状態の酸化セリウム(Ce3+およびCe4+)が共存した状態となる。このうちCe4+成分は前処理の過程で選択的に溶出し、白金粒子の表面にCe3+成分を主とした酸化セリウム層が残存する。通常、酸化セリウム単独での主成分はCe4+であることから、酸化セリウム層と白金の間で部分的な電荷の授受が起こり、白金の周りにCe3+成分主体の酸化セリウム層が形成したものと考えられる。

図1 白金−酸化セリウムナノ複合体触媒の模式図

従来の白金触媒では、酸素還元反応が起こる条件付近において白金表面の一部で酸化物が形成するが(図2a中において、大きな変化が観察されたことが、表面における酸化物形成を示す)、白金−酸化セリウムナノ複合体においては白金表面の酸化が著しく抑制されるということが明らかになった(図2b中において、丸で示した図の変化が極めて少ないことが、酸化抑制を示す)。また、本来、白金の酸化が起こり始める条件付近において、Ce3+成分の減少とCe4+成分の増加が開始した(図 2b)。これは、白金−酸化セリウムナノ複合体では、両者の界面での電荷のやりとりのため、酸化セリウムのCe3+成分が白金の身代わりに酸化されることによって、白金の酸化が抑制されるということを示している。

図2 白金および酸化セリウムの酸化状態

過去の研究により、白金表面に酸化物が形成すると酸素還元反応に対する触媒活性は、裸の白金と比べて低下するということが明らかにされている。したがって、白金−酸化セリウム複合体では、酸化セリウム層によって白金酸化物の形成が阻害されたことで、裸の白金本来の触媒活性が発揮されていると結論付けられる。

図3 白金−酸化セリウムナノ複合体表面上における酸素還元反応の模式図

波及効果と今後の展開

以上のように、酸素還元反応時における白金/酸化セリウム界面の重要性が実証されたことから、より効率よく界面を形成することによって、白金の使用量をさらに低減できるうえ、より高い活性を持つ燃料電池用電極材料の開発に結びつくものと期待される。

また、酸素還元は4つの電子の移動を伴う非常に複雑な反応であり、反応機構の理解と反応速度の向上は燃料電池分野における長年の課題である。これらはしばしば独立に取り扱われる問題であったが、反応機構の詳細を理解し、設計指針へとフィードバックすることで戦略的な触媒開発が可能であるということが本研究により示された。

謝辞

本研究は、独立行政法人物質・材料研究機構、独立行政法人理化学研究所および独立行政法人日本原子力研究開発機構の三機関連携研究の枠組みの中で、物質・材料研究機構と日本原子力研究開発機構の共同研究として行われた。

掲載論文

題目:Role of Cerium Oxide in the Enhancement of Activity for Oxygen Reduction Reaction at Pt-CeOx Nanocomposite Electrocatalyst - An in Situ Electrochemical X-ray Absorption Fine Structure Study

著者:Takuya Masuda, Hitoshi Fukumitsu, Keisuke Fugane, Hirotaka Togasaki, Daiju Matsumura, Kazuhisa Tamura, Yasuo Nishihata, Hideki Yoshikawa, Keisuke Kobayashi, Toshiyuki Mori, and Kohei Uosaki

雑誌:The Journal of Physical Chemistry C (2012) (116巻、18号、10098-10102ページ)


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