1. 研究の背景

1946年にBlochとPurcell等により、水素原子核のNMR信号が発見されて以来、物質における電子状態の解明や分子の構造解析にとって、NMRは欠くことのできない測定手法となりました。今日では、約90種類の原子核でNMR信号が発見されました。その中でも、核スピンが1/2の原子核は電気四重極(原子核の電荷分布が球対称からずれた成分)がなく、そのために核スピンは磁気的な外力とのみ相互作用をするので、核スピン1/2のNMR信号は非常に線幅が狭く、分解能が高いことに特徴があります。現在では約30種類の核スピン1/2のNMR信号が観測されており、特に1Hは有機化合物の構造解析や、医療におけるMRI等、幅広い分野で応用されています。現在知られている核スピン1/2の核種の中で239Puのみが、過去50年にわたるNMR信号探索にもかかわらず信号が発見されていませんでした。

アクチノイド化合物の物性研究では、NMR測定は配位子(アクチノイドイオンと結合している周りのイオン)の原子核に限られていました。わずかな例外はUO2とUF6における235U 核のNMRです。アクチノイドの元素や化合物は核燃料として非常に重要ですが、それらの物質において物性を担っているのはアクチノイドイオンの電子状態です。しかしながら、それらの性質は必ずしも明らかとはなっていないため、アクチノイドの原子核そのもののNMR測定が熱望され、数々の化合物において盛んに探索が行われてきています。

特に、プルトニウムは周期表中の元素を理解するうえで最も注目される金属の一つであり、その放射能のために詳細な研究は限られていますが、その特性は完全に局在性でもなく遍歴性でもない5f-電子によって支配されています。この意味で、プルトニウムは希土類での局在的な4f-電子の振る舞いと3d-遷移金属での遍歴的な振る舞いを橋渡しする特別な役割を担っているといえます。このプルトニウムがもつ二面性が、2002年に米国ロスアラモス国立研究所(LANL)で、PuCoGa5が強い磁性を持つにもかかわらず18.5 Kという高い温度で超伝導に転移することが発見されたことにつながっています。更に、現代社会で負の遺産として問題化している核燃料廃棄物の処理に関して、放射性プルトニウムの長期保存の問題が議論されています。ここでは、PuO2の酸化状態の理解が不可欠ですが、いまだにプルトニウム原子位置での微視的な特性評価が十分なされていません。そこで、プルトニウム核のNMRを用いた微視的な物理、化学的研究が不可欠で、239Pu核のNMR信号探索が過去50年間にわたって世界中で精力的に行われてきたわけです。これは239Puの核スピンは1/2であるため、前述の理由により、分子構造や電子状態解析に応用するのに理想的な核種であるからです。

239Pu核のNMR信号の観測が困難であることには、主に二つの理由があります。第一には、多くのアクチノイド化合物は5f-不対電子に起因する大きな磁性のため、原子の内部では、原子核と電子が強く結合し、原子核の位置に非常に大きな磁場を生じています。そのために、NMRの共鳴周波数は大きくシフトし、さらに緩和時間が極端に早くなり観測が出来なくなるのが理由です。第二には、NMR測定にとって重要な物理量である239Puの核磁気モーメントの正確な値がわかっていなかったため、NMR信号がどの周波数、磁場条件に観測されるか予測が難しかったのが理由です。

2. 実験内容と成果

本研究グループは、上記のような困難を克服して239Pu核のNMR信号を観測するため、PuO2に着目しました。PuO2の中ではプルトニウムイオンは4価の陽イオンであり、この状態ではプルトニウムイオンは5f-不対電子を持たないために、ほとんど磁性を示しません。そのため、緩和時間が長くなることが期待できます。そこで重要なのは測定に用いるPuO2試料の質です。プルトニウムイオンは非常に多くの酸化数をもち、そのため様々な組成のプルトニウム酸化物が存在します。様々な組成のプルトニウム酸化物を含む試料では239PuのNMR信号は分裂し、それぞれの信号強度が下がるために、信号観測は困難になります。LANLの化学者の協力のもと、非常に良質なPuO2の試料を用意し、緩和時間を長くするために極低温(3.95 K)において、磁場、周波数の広い範囲で探索を行いました。

図1は世界で初めて観測に成功した239Pu核のNMR信号です。これらは2011年9月にLANLのNMR測定装置で、純良なPuO2試料を用いて周波数16.51 MHzで磁場を変化させながら測定したものです。ここから239Pu 核の核磁気モーメントが0.15μN(核磁子)と決定できました。図2は酸素欠損があるPuO2-x試料における239Pu核のNMRスペクトルで、酸素の配位状態の異なるプルトニウムサイトからの信号が分裂している様子が見て取れます。ここから、239Pu 核のNMR信号は配位元素の状態に非常に敏感であり、分解能が高いことがわかりました。

図1 純良なPuO2における239Pu核のNMRスペクトル/図2 酸素欠損のあるPuO2-xにおける239Pu核のNMRスペクトル

3.成果の意義と波及効果

本研究グループは、NMR信号を観察する上で有利な磁性をほとんど持たないPuO2に着目し、239Pu核のNMR信号を探索し、その信号を観測することに成功しました。一つ目の大きな意義は今まで未定であった239Pu核の核磁気モーメントを決定したことです。さらに、酸素欠損のあるPuO2-xにおいても239Pu核のNMR信号を観測し、周りの電子状態の異なる239Pu核では信号が全く異なることを発見しました。これらの成果は核燃料であるPuO2やその他プルトニウム酸化物、プルトニウム超伝導体、プルトニウム有機錯体など、あらゆるプルトニウム化合物において、物性を担うプルトニウムイオンの構造や電子状態の直接観測が可能となることを意味しています。今後プルトニウム基礎科学や原子力工学等の分野で新たな研究開発の可能性が開かれると考えられます。特に、前述のPuCoGa5が高温で超伝導に転移する原理や、世界的な問題である、プルトニウムを含む核燃料廃棄物の長期安全保存に関して、プルトニウムの酸化過程を解明できる唯一の手段として注目されており、後者においては、より安全な保存方法を構築する上で、貴重な情報を提供できることが期待されます。


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