【研究開発の背景】

レーザー技術の進歩によりその出力は着実に上昇を続け、それが新しい科学や技術の進歩を促してきました。現在ヨーロッパで10ペタワット(=10の16乗ワット)にも及ぶ超高出力のレーザー装置が建設中で、それを利用することで高エネルギー物理、素粒子物理学などの分野における新しい物理の解明に繋がるものと期待されています。その中の一つが放射反作用1)が関係するレーザープラズマ現象の解明です。

荷電粒子が加速度運動をする場合、電磁波を放出しその反作用としてエネルギーを失うことは分かっていました。例えば円形加速器中の電子のようにその軌道が簡単な場合には、そこでの軌道放射2)における放射反作用の効果が詳しく調べられています。しかし、高出力レーザーを固体に照射した場合のように、非常に多くの電子がそれぞれ複雑な運動をする場合、そこでの放射反作用が導くマクロな効果については解明が進んでいませんでした。

【研究成果の内容】

レーザー場中の電子における放射反作用の効果は、電子エネルギーの2乗とレーザー強度に比例します。このため、レーザー照射前に静止していた単一の電子に対しては、その効果は無視できます。しかし、プラズマのように多数の電子がレーザー場中に存在する場合、それらの集団的効果によりレーザー場と複雑に相互作用する結果、放射反作用の効果が重要になる可能性があります。その場合にはレーザー場が電子に作用する力に対して、放射反作用によりエネルギーを失う際に受け取る力が無視できない程度まで大きくなります。このことは、電子を加速度運動させるレーザー場のエネルギーが、光子として放射されることを意味します。このとき放出される光子のエネルギーはガンマ線領域(≥100万電子ボルト)となり、照射レーザーの光子のエネルギー(〜1電子ボルト)より大幅に高くなります。プラズマ中の多数の電子がこのような運動をする場合、極めて効率よくレーザーのエネルギーをより高い光子エネルギーを持つガンマ線に変換することが可能ではないかと考えました。そこで、放射反作用の効果をシミュレーションに取り込み、世界に先駆けてプラズマの集団効果による高出力のガンマ線発生の可能性について調べました。その結果、30〜60パーセントにも及ぶ高い変換効率でガンマ線の発生が可能であることを初めて発見しました。

高出力レーザーを固体に照射すると、照射表面が瞬時にイオン化し高密度のプラズマ状態3)となります。図1は固体ターゲットに高出力レーザーを左から照射したときのプラズマの分布を示すシミュレーション結果です。レーザー電磁場中で加速度運動をする電子からの強い放射がターゲット裏面の矢印方向に観測されます。

図1:高出力レーザーを固体ターゲットに照射した場合の電子分布

図2は、出力が10ペタワット、パルス長は30フェムト秒、エネルギーが300ジュールのレーザーを固体に照射した場合に発生する放射の特徴を示したものです。実に、レーザーエネルギーの約30パーセント程度が放射として放出され、かつその放射時間は30フェムト秒程度と極めて短いことが分かります。その結果、出力が3ペタワットという極めて高出力のガンマ線4)が発生することが分かりました。

図2:出力10ペタワットのレーザーを固体へ照射した場合に発生する放射の出力及びエネルギー

このときのガンマ線の放出方向の分布を示したのが図3です。レーザー照射方向を0度としています。発生したガンマ線は全方向に均等に放出されるのではなく、レーザー照射方向から少しずれた方向に強く分布していることが分かります。

図3:ガンマ線の放出角度の分布。0度がレーザー照射方向を示す

発生するガンマ線の特徴はレーザーの出力やパルス長、またレーザー照射時に形成される照射面におけるプラズマの分布(表面プラズマの厚さ)にも依存します。これらの間の関係を調べた結果が図4です。3本の線は、エネルギーを一定に保ちレーザー出力及びパルス長を変えた場合を示しています。表面プラズマの厚さ及び出力を最適な条件にした場合、超高出力のガンマ線が発生することが分かります。また、予想されるように照射レーザーの出力が高い方が効率良くガンマ線が発生することが分かります。

図4:放射出力と固体表面に形成されたプラズマの厚さとの関係

【成果の波及効果】

レーザーにより加速された電子からの放射及びその反作用を利用したガンマ線発生は、他に類を見ない超高出力かつ超短パルス性を持った、新しいレーザー駆動のガンマ線源として利用できる可能性があります。その応用例の一つとしてガンマ線バースト5)の物理の解明への貢献が挙げられます。宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バーストは、ビッグバン以降の宇宙の歴史の解明に大きく貢献すると期待されていますが、まだその発生機構や伝播過程は解明されておらず、より詳細な観測を目指した研究が進められています。実験室でこのような状況を模擬できればその解明に大きく貢献することから、今回発見した他の装置では実現できない超高出力のガンマ線源を利用することで宇宙の解明にも貢献できる可能性があります。また、ガンマ線は物質の非破壊検査やイメージング、医療器具の放射性滅菌等にも利用されており、ガンマ線の高出力化によりそれらの精度向上や高効率化を実現することも期待されます。


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