【背景と経緯】

近年、スピン2)を利用したエレクトロニクス(スピントロニクス3))の分野が急速に発展を遂げています。従来の半導体を利用したエレクトロニクスでは電子の電荷のみを利用するのに対して、スピントロニクスでは電荷とスピンの双方を対象としています。その中心となる材料は強い磁気をもつ強磁性体です。強磁性4)を示す半導体材料の探索は長年にわたり行われており、代表的な半導体であるガリウム砒素(GaAs)のガリウム元素の一部を磁性を持つマンガン元素で置き換えた(Ga,Mn)Asなどにおいて研究がなされていました。しかし、このような元素の置き換えは、スピンを制御する磁気的な性質だけでなく電荷を制御する半導体としての性質にも影響を与えてしまいます。また、そこで形成されるものはp型半導体5)のみで、n型半導体6)は合成できませんでした。このことはp−n接合1)が形成できないことにつながり、実用化された場合も素子としては限定的な利用しかできませんでした。

【研究の内容】

2007年にMasekらにより、Li(Zn,Mn)Asが磁気的性質と電気的性質を独立に制御できる強磁性半導体であることが理論的に指摘されました。また従来不可能であったn型半導体の合成も可能であることが指摘され、スピントロニクス材料として有望視されています。本研究ではリチウムとマンガンの含有量を少しずつ変えて様々な組成のLi1+y(Zn1-xMnx)As試料を作成することに成功しました。磁化や電気抵抗等を測ることにより試料特性を詳しく調べた結果、リチウムが過剰な場合(y = 0.05 〜 1.2)において強磁性が発現し、p型半導体となっていることを見出しました。強磁性転移温度は0.03 < x < 0.15の範囲ではマンガン置換量が多いほど高く、x = 0.15のとき50ケルビン(摂氏マイナス223度)であることがわかりました。さらに、我々は強磁性を示す試料Li1.1(Zn0.95Mn0.05)Asに対してミュオンスピン緩和測定7)を行い、磁性を持つマンガン元素が試料内に均一に分布していることを明らかにし、スピンを効率よく操作できる材料であることがわかりました。以上の結果はLi(Zn,Mn)Asがスピントロニクス材料として極めて有望であることを示しています。

【今後の展開】

スピントロニクス技術は、既にハードディスクなどで実用化されており、また将来的にも低消費電力・高密度のデバイスを目指す際の基本原理として注目されています。スピンの流れを自在に制御できれば、これまでのシリコン素子を超えた性質を得られ、幅広い応用につながります。

本研究によって初めて開発された磁性半導体Li(Zn,Mn)Asは、従来の磁性半導体とは異なり磁気的性質と電気的性質を独立して制御できる可能性があります。同系統の強磁性半導体どうしを用いたp−n接合の形成への道が拓かれていることや、結晶構造が類似した鉄系高温超伝導体と組み合わせることで超伝導トンネル素子が可能となることなどから様々な素子に応用でき、スピントロニクス素子の性質を大きく向上させることが期待されます。今後、強磁性になる温度の向上やn型半導体の実現などにより、実用化を目指した研究が進むこととなります。

【参考図】

図1 Li(Zn,Mn)Asと(Ga,Mn)Asにおける磁気的性質および電気的性質の制御(概念図)

図1 Li(Zn,Mn)Asと(Ga,Mn)Asにおける磁気的性質および電気的性質の制御(概念図)。ZnとMnはともにII価であるため、電気的性質に大きな影響を与えずに置き換えることができる。一方、GaはIII価であるから、Mnによる置き換えによって磁気的性質だけでなく電気的性質にも影響が及ぶ。Li(Zn,Mn)Asの電気的性質はLiの量を変えることによって制御される。

図2 (左)零磁場におけるミュオンスピン緩和の時間スペクトル

図2 (左)零磁場におけるミュオンスピン緩和の時間スペクトル。スペクトルの形状から、磁性マンガン元素が均一に分布して試料全体にわたって強磁性が発現していることがわかった。(右)強磁性を示す体積の割合の温度変化。零磁場(ZF)および30ガウスの磁場中(wTF)で得られたデータから求めた値がプロットされている。低温で試料のほぼ100%が強磁性状態になることがわかる。


戻る