<用語解説>

※1 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
平成13年より、高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で茨城県東海村に建設した陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用を行っています。
※2 高周波加速空洞
陽子、電子などの粒子を、高周波を用いて加速する装置。陽子加速器では加速に従い粒子の速度が変わるため、高周波の周波数を変化させる必要があります。J-PARC RCSでは0.94MHzから1.67MHz、MRでは1.67MHzから1.72MHzへと変化します。特にRCSはわずか100分の2秒の間に181MeVから3GeVまで加速する世界最速のシンクロトロンのため、高速かつ正確な制御が必要となります。
高周波の周波数を変化させるため、従来までの陽子加速器ではフェライトを装填し、空洞の共振周波数を粒子のエネルギーに同期させながら陽子を加速してきました。これに対し、J-PARCでは金属磁性体を装填することにより、この同期機構を取り除き大強度ビームの加速に適した安定したシステムを開発しました。同時に、この高性能な磁性体を用いることにより、加速勾配を従来の2倍以上に上げることができ、周長約300mで3GeVRCSを作るという難題を解決することができました。
※3 金属磁性体 コア
加速空洞の内部に装荷する金属磁性体のリング。ここで金属磁性体とはアモルファスやナノ結晶磁性材料のこと。 金属磁性体空洞は1980年代にフランスのサックレー研究所で初めてアモルファスを装填したもの(Magnetic Alloy loaded cavity)が作られましたが、電圧勾配も低く加速周波数への同期機構も必要なものでした。日本では1995年から旧東京大学原子核研究所で開発が始まり、ナノ結晶軟磁性材料を使うことで、高勾配を実現することに成功しました。更にJ-PARCにおいて大型の磁性体コア製造工程の改良を行い、安定して動作する金属磁性体空洞としてビーム加速に使用されています。
現在金属磁性体コアを使った高周波加速システムはJ-PARCの他に国内外では多くの医療用加速器に導入されている他、CERNで鉛イオンの加速にも使われ、TeV領域での重イオン実験にも貢献しています。
※4 加速勾配
加速空洞の高周波電圧を空洞の長さで割った値。加速勾配が大きいと同じ長さの加速器では大きなエネルギーのビームを作り出せますし、ある必要なエネルギーのビームを作る場合には短い(小さい)加速器で済みます。これまでの陽子・イオン加速器では図1のように約15kV/mでした。高勾配化の障害となっていたのは加速周波数を変化させるために空洞に装填する磁性体(フェライト)が高い加速電圧では飽和し、空洞の性能(インピーダンス※5)が著しく低下することでした。特に大きなビームパイプ径の必要な高強度の速い繰り返しシンクロトロンではフェライトが飽和し易く、8kV/m程度でした。J-PARCでは飽和しにくい金属磁性体空洞を用いることにより、20kV/m以上の勾配を実現しました。更に今回の超高性能な磁性体コアにより、この世界一の加速勾配は大幅に向上することが予想されます。また、この技術は、がん治療用加速器の小型化など幅広く活用されることが期待されています。
※5 インピーダンス
インピーダンスは加速空洞の性能を表す指標で、高周波電圧(V)の2乗を電力損失(P)の2倍で割ったもので与えられます(V2/2P)。陽子加速器では必要な高周波電圧を得るために、多くの磁性体コアを空洞に装填し、インピーダンスを増やしています。ここで開発できた高インピーダンスコアを用いることにより少ないコア枚数、すなわち短い距離で高い電圧を得ることができるようになります。またJ-PARCのように既にある加速器ではインピーダンスが上がることにより、同じ高周波源でも得られる電圧が増加することになります。このように、加速空洞のインピーダンスが上がることは空洞性能の向上に繋がります。
※6 磁化容易軸
外部磁界を加えた際に結晶の中の磁化され易い方向を磁化容易軸、されにくい方向を磁化困難軸と呼びます。
※7 高温でのμSR
μSRはミュオンという粒子を使った物性研究の手法です。ミュオンは磁気モーメントという磁石のような性質をもち、文字通り原子スケールでの方位磁石に相当しますが、ミュオンの生成過程ではそれが完全にそろっているという大変便利な性質を持っています。従って、物質に注入した瞬間にそろっていたスピンがどのように変化していくかを調べることができるという大きな特徴を持っています。これはミュオンスピン回転/緩和/共鳴(μSR)と呼ばれ、物質の内部の磁気的状態を原子スケールで知ることができる「磁気の顕微鏡」ということができます。このμSRを用いて高温でのナノ結晶の形成を調べることができます。

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