【背景と経緯】

金属や半導体に温度差をつけると、温度の勾配に沿って電圧が発生します。この現象はゼーベック効果と呼ばれ、1800年代前半にドイツの物理学者(兼医師)のトーマス・ゼーベックによって発見されました。ゼーベック効果を用いれば、排熱などから電気を生成する熱電変換素子を構築可能であるため、クリーンで信頼性の高いエネルギー源の候補として期待されており、この現象の発見以来200年近くにわたって世界中で盛んに研究が行われてきました。しかし、ジュール熱や素子内部の熱伝導によって生じるエネルギー損失、コストや設置可能箇所の制約によって、熱電変換素子の実用化範囲は非常に限定されていました。

一方で、電子は「電気」と「磁気(スピン)」の2つの性質を持ちますが、温度差をつけた磁性体中にスピンの流れが生じる「スピン版のゼーベック効果」が存在することが、2008年に明らかになりました(図1、関連論文1を参照)。従来のゼーベック効果は電気を通す導電体でのみ生じる現象であり、同様にスピンゼーベック効果も鉄などの磁性を持つ金属でのみ観測されていましたが、今回、スピンゼーベック効果が絶縁体においても発現することを発見しました。スピンゼーベック効果によって生成されたスピンの流れは、絶縁体に金属薄膜を取り付けることによって電圧に変換することが可能であり、従来は不可能だと考えられていた「絶縁体を用いた熱電発電」がこの効果を利用することによって可能であることを初めて示しました(図1)。

【研究の内容】

今回の研究では、絶縁体である磁性ガーネット薄膜の表面に白金(Pt)電極薄膜を付けた素子を作製し、絶縁体層に温度差をつけながら白金電極に発生する電気信号の精密測定を行いました(図2)。検出された電圧信号が絶縁体中のスピンゼーベック効果に由来することを明らかにし、絶縁体熱電変換素子のプロトタイプを作製することに成功しました。従来の金属や半導体を用いた熱電素子は、ウィーデマン・フランツ則注5)と呼ばれる物理法則による制約によって性能の向上には限界があると考えられてきましたが、今回開発した素子を用いれば、原理的にウィーデマン・フランツ則による上限を超えることが可能になります。

本研究の一部は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の産業技術研究助成事業、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業等の一環として実施されました。

【原理の説明】

通常のゼーベック効果は導電体中の伝導電子が温度勾配に沿って電気を運ぶことによって発生します。一方、磁性絶縁体におけるスピンゼーベック効果は、磁性ガーネット中に存在する多数のスピンの集団運動(スピン波)が温度勾配によって誘起されることで生じます。このスピンの集団運動が生じている場所に白金薄膜を取り付けると、磁性ガーネット/白金界面にスピンの流れ(スピン流)が生じ、白金中の「逆スピンホール効果」注6)と呼ばれる固体中の電子相対論効果によってこのスピン流は電圧に変換されます(図2、関連論文2を参照)。従来の熱電素子において熱の流れと生成された電圧は同じ物質(導電体)中に存在していましたが、今回の素子では温度差は絶縁体層のみについており、熱の流路と電圧発生の役割をそれぞれ絶縁体とそれに取り付けた金属の2つに分離することが可能となりました。これにより、同じ物質中の熱と電気の流れに関するウィーデマン・フランツ則による制限を回避でき、また素子設計の自由度も大幅に向上します。

【今後の展開】

環境負荷の小さなエネルギー技術への大きな需要を鑑みると、熱流や温度差から電力を取り出す熱電技術は最重要課題のひとつであるといえます。熱電変換性能を飛躍的に向上させることができれば、大規模発電から携帯用小型素子まで幅広い応用が期待できます。

本研究によって初めて開拓された絶縁体熱電変換素子は、従来の熱電素子とは全く異なる物理原理によって駆動されるものであり、これを用いれば熱電性能指数改善に関する問題を根本的に解決する可能性があります。本研究成果により、熱電素子の設計自由度や設置可能場所の拡大、及び環境に配慮した電力技術開発への貢献が期待できます。

【参考図】

図1 熱電効果の歴史。

図2 絶縁体熱電変換素子における熱起電力の検出。


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