近年、大気汚染をはじめとする地球環境の悪化を回避するために、石油製品中の硫黄含有量の低減化、規制強化が図られてきており、それに対応するために世界各国の製油所等では硫黄含有量の測定装置類の高性能化を求める声が高まってきています。
エネルギー分散型蛍光X線分析装置は比較的簡単な機器構成(図1)で、操作性や装置価格などが優れていることから製油所等の現場における石油製品の品質管理に広く利用されています。しかし、硫黄含有量の低減化に伴う信号強度の低下のため、ノイズレベルを大幅に低下させない限り、低濃度の硫黄分測定に対応することが困難になってきました。
田中科学機器製作株式会社(以下「田中科学」)は、エネルギー分散型蛍光X線分析装置の高精度化という課題を自社技術で解決することを目指してきました。
今回、独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下「原子力機構」)による中性子を利用したラジオグラフィ技術の情報を日本科学機器団体連合会・科学機器産学連携研究会から紹介されたことをきっかけに、原子力機構・原子力基礎工学研究部門が保有する高度な放射線計測技術の利活用を検討してこの課題解決に取り組むことにしました。
田中科学がこれまで製造・販売してきたエネルギー分散型蛍光X線硫黄分分析装置は、製油現場などで利用されることを前提として、操作性を重視した設計で作られてきましたが、ノイズ低減を考慮した設計については必ずしも十分とは言えませんでした。
原子力機構・原子力基礎工学研究部門は、装置全体の設計評価という観点から予備検討を行った結果、原子力機構が保有する高度な放射線輸送シミュレーション技術を活用するだけでなく、エレクトロニクス関連機器の開発に必要な高度な技術力を有し、実績のある工務技術部との機構内連携も不可欠であると考え、シミュレーション研究開発とエレクトロニクス関連機器開発の情報を両部門で共有し、共同で田中科学からの要請に対応することにしました。
この高精度化開発においては、最初に、コストを抑えるために従来製品と同様にシンプルな機器構成とし、試料照射用のX線発生部から蛍光X線検出部までのX線伝送損失を極力低減する最適化構造設計を行いました。この設計では、部品配置において注目する構造因子を設定し、X線伝送経路の形状、寸法、角度等をさまざまに変化させるといった、信号強度の増大とノイズ低減化に着目したシミュレーション研究を進め(図2)、更にX線源の構造部材などに由来するノイズを幅広いエネルギー領域で低減させて(図3)、信号/ノイズ強度比を増大できることを実証しました。
このシミュレーション研究と連携協力して、シミュレーション評価が極めて困難な雑音対策の設計開発も進めました。この設計開発では、試料照射用のX線発生に起因するさまざまな電気的雑音を防ぎながら、試料中の微量硫黄から発生する微弱な蛍光X線信号を増幅して正確かつ高速でカウントする新たなエレクトロニクスのシステム開発に成功しました。
これらの高精度化開発によって測定限界を拡張させ、検出限界を田中科学の従来製品比で1/3にまで改善した製品(写真)の開発に成功しました。
今回の開発では、@企業側における高精度化開発に必要な研究開発の見極め、A研究機関側における高精度化開発に対する俯瞰的分析、組織横断的な協力体制の構築および技術課題への深堀的な基礎・応用面での開発、B企業側の製品化開発過程において浮上した研究課題の速やかな情報共有と研究機関側による課題解決への機動的支援、などが適切に機能し製品化の実現へと導いたものと考えられます。この開発の経緯は、イノベーションのシステム統合モデルとして示した製品開発の成功プロセスに類似しているといえます。
今回開発したエネルギー分散型蛍光X線硫黄分分析装置は、本年9月1日から3日まで千葉県幕張メッセ国際展示場において、社団法人日本分析機器工業会と日本科学機器団体連合会が合同で開催する分析展2010・科学機器展2010に出展される予定です。
なお、田中科学は本年内には国内をはじめ全世界向けに製品の販売を開始する予定です。