補足説明

【燃料電池とは】

火力発電やガソリンエンジンは、化石燃料を燃焼してエネルギーへ変換するシステムですが、排出される二酸化炭素は地球温暖化を引き起こす原因ともなります。この問題を回避する代替システムのひとつとして注目されているのが燃料電池です。

燃料電池は燃料(主に水素ガスやメタノールなど)を燃焼による熱エネルギーに変換する代わりに、化学反応に伴うギプスエネルギー変化を直接電気エネルギーに変換する電気化学的システムです。すなわち、水の電気分解反応の逆反応を利用するもので、化学反応式

H2(g)+(1/2)O2(g)→H2O(l)

に伴うギプスエネルギー変化ΔG° = -237.2kJ/mol に相当する電力を生成します。ΔG°と理論起電力E°の間にはE° = -ΔG°/ nFの関係が成り立ち(nは反応電子数で2, Fはファラデー定数で 96485 C/mol)、理想的にはこの反応によってE° = 1.23 V を得る事ができます。

実際の燃料電池では、電極反応速度や電解質膜抵抗が有限であるために、起電力は理論起電力より小さいものになります。そのため燃料電池の研究では、電極に用いる触媒を改質して電極反応速度を速めたり、電解質膜の性能を高めることで抵抗値を減らしたりして起電力を理論起電力に近づける努力がなされています。

【研究の内容】

我々は、水素ガスの代わりに重水素ガスを用いて燃料電池を作動させて、その発電特性試験を行いました。その結果、重水素ガスを燃料とする燃料電池は、水素ガスのものと比較して約4%高い発電特性があることが実証されました。

実験装置の模式図を図1に、重水素ガスと水素ガスのそれぞれを用いた場合の電流密度-電圧特性(I-V特性)の比較結果を図2に示します。電流密度(I)が300mA cm-2以下の広い範囲で、起電力の値は重水素ガスを用いた場合の方が20〜30 mV高いこと(約4%の効率増)が明らかになりました。

重水素ガスと酸素ガスから液体の重水が生成する反応は

D2(g)+(1/2)O2(g)→D2O(l)

です。文献によればこのときギプスエネルギー変化は、ΔG° = -243.4kJ/molであり、相当する理論起電力はE° = 1.26 Vです。今回の実験による重水素ガスの燃料電池と水素ガスの燃料電池との起電力の差20〜30 mVは、両者の理論起電力の差1.26V−1.23V=0.03Vと良く一致しており、反応のギプスエネルギーの差を反映して、重水素燃料電池の性能が高くなっているものと説明できます。

【成果の波及効果】

重水は自然水の中に0.015%の割合で含まれます。また重水素は水素に比べ高価なガスです。今回の研究で、重水素による発電効率は水素に比べて高いことが実証されましたが、コスト面を考えると大量に重水素ガスを消費する燃料電池は、一見、現実的ではないように思われます。しかし重水素燃料電池システムで生成した重水を回収するリサイクルシステムと組み合わせることができればどうでしょうか。すなわち重水素は燃料として消費して捨ててしまうのではなく、電気エネルギーを取り出すための作動媒体として循環させる発想です。この場合、重水を重水素へ再変換する際に、別途エネルギーコストを負担することにはなりますが、重水素がより高いエネルギー密度をもった作動媒体であるとの見方に立てば、その特長を活かした利用が期待できます。

重水素燃料電池の利用先として、たとえば限られたスペースに高効率で燃料を搭載する必要のある潜水艦が考えられます。密閉された空間、例えば宇宙空間や深海では、燃料電池の原料として積み込むことのできるガスの量は限られており、同じ量の燃料であれば、少しでも高い発電効率が求められます。図3は深海巡航探査機「うらしま」の写真です。動力源として燃料電池を搭載し、世界最長の深海連続航続距離を達成しました。この「うらしま」を開発した(独)海洋研究開発機構は、燃料電池システムを更に高性能化させる一つの可能性として、この重水素燃料電池にも強い関心を持ち、海中動力源としての適用可能性について、調査を始める予定です。燃料電池の最初の実用化例として注目を集めたのは、宇宙船(1965年アメリカのジェミニ5号)でした。今回提案した重水素燃料電池が最初に注目を浴びるのは、海洋空間においてかもしれません。

図1 実験装置の模式図

図2 電流密度-電圧特性(I-V特性)の比較結果

図3 深海巡航探査機「うらしま」(海洋開発研究機構ホームページより)


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