補足説明

背景

太陽系には約290種類の同位体が存在しますが、ほとんど同位体についてはどのような核反応、天体環境で生成されたかが明らかになっています。しかし、太陽系に存在する最も希少な同位体Ta-180の生成起源は不明でした。過去30年間にわたり、超新星爆発における急速な中性子の捕獲反応、漸近巨大分枝星7)での遅い中性子捕獲反応、超新星爆発の光核反応、銀河系宇宙線による核破砕反応等の様々な仮説が提唱されてきました。しかし、これらの仮説に基づく計算では太陽系に存在すべきTa-180の推定量が実在量より少ないという問題がありました。

このような中、超新星爆発で発生するニュートリノによる生成が提唱されました(図1)。太陽の8倍以上重い恒星は、寿命の最期に超新星爆発を起こします。超新星爆発では中心部に生成された原始中性子星から膨大な量のニュートリノが放出され、このニュートリノが超新星の外層に存在するタンタル181や、ハフニウム180 8)とニュートリノ-原子核相互作用を起こし、タンタル180を生成します(図2)。しかし、この理論を提案した米国の超新星研究グループによる計算では、太陽系に存在すべきTa-180の量が実在量より多すぎるという問題がみつかりました。Ta-180には安定な核異性体と短時間で消滅する基底状態が存在しますが、計算による推定量は核異性体と基底状態の合計量のためです。現在太陽系に存在するTa-180は全て核異性体ですので、超新星爆発において核異性体がどれだけ生成するかを計算する必要がありました。

図1 超新星爆発時の恒星の内部の模式図。

図2 ニュートリノ-原子核相互作用による新しい同位体生成の模式図。

研究内容と結果

超新星爆発では、Ta-180の核異性体と基底状態の両方が生成され、超新星爆発の高温の環境では、高エネルギーの光の吸収と放出によって核異性体と基底状態が相互に変換されます(図3)。この変換割合は温度に依存します。超新星爆発においてTa-180が生成される外層では、1ギガケルビン以上の極めて高い温度に達した後に急速に温度が下がります。数十秒後にはTa-180の核異性体と基底状態の割合は変化しなくなり、基底状態は消滅して核異性体のみが残ります。

従来の理論では、基底状態と核異性体だけでなく全ての中間状態を組み込んで計算する必要がありましたが、タンタル180の中間状態の数が膨大であり全てが明らかになっていません。そのため、核異性体の割合を計算できませんでした。新しい理論の特徴は、基底状態と核異性体を別々の種類の同位体と見なした点です。このようにすると、中間状態を考慮する必要がなく、これまで計算できなかった計算が可能になったのです。計算の結果、超新星爆発の温度が十分に下がった時点で、核異性体が0.39生存することが判明しました(全量を1としています)。さらに、この値が超新星爆発の爆発エネルギー、最高温度、冷却の平均時間等の物理条件に依存しないことが判明しました。

図3 高温下におけるTa-180の基底状態と核異性体の変換を示す模式図。

既存の超新星爆発でのニュートリノ元素生成理論で計算されたTa-180の推定量(基底状態+核異性体)に、本研究で得られた0.39を掛けて核異性体のみの量を求めたところ、太陽系における推定量と実在量がほぼ一致しました(図5参照)。これまで、Ta-180の起源を説明するため様々な仮説が提唱されてきましたが、今回初めてTa-180の生成起源を始めて定量的に説明することができたのです。さらに、太陽系に存在するTa-180の量を説明するには、超新星爆発において電子型ニュートリノ及びその反粒子の平均エネルギーは約12MeVでなければならないことが判明しました。

図4 計算した結果。超新星爆発では矢印が示すように109K以上の温度に達した後に温度が下がる。

図5 超新星爆発のニュートリノ生成理論による太陽系に存在すべきTa-180の量。

波及効果

宇宙に存在する水素やヘリウム等の軽元素はビッグバン10)で生成され、より重い元素はビッグバン以降に誕生した恒星の中の核反応で生成されました。恒星の中の核反応で生成された重元素は、超新星爆発や太陽風で放出されました。放出された物質は星間ガス11)として宇宙空間にただよっていましたが、星間ガスから次の世代の恒星が誕生し、次のサイクルに入っていきました。このようなサイクルによって、銀河系内に存在する物質の割合は刻々と進化してゆき、今から約46億年前に我々の太陽系が誕生しました。そのため太陽系に存在する元素や同位体の割合(太陽組成12))は銀河系における物質の化学進化を記録した重要な情報であり、太陽系に存在する全ての同位体の起源を解明することが物質の進化を解明する上で必要不可欠なのです。

本研究成果は、素粒子物理学や宇宙物理学等の広い分野に波及効果があります。今回判明した超新星爆発で発生するニュートリノの平均エネルギーは、スーパーカミオカンデ等で期待される次の超新星爆発のニュートリノ観測の予想に役立つものです。銀河系内で20年に1回の頻度で超新星が発生すると推定されています。前回、1987年に大マゼラン雲に現れた超新星1987Aからのニュートリノを東京大学のカミオカンデ・グループが人類史上初めて捉えることに成功し、小柴昌俊博士のノーベル賞につながりました。次の超新星ニュートリノの観測によって、より詳細な超新星爆発の理解が進むと期待されています。ニュートリノには、電子・ミュー・タウ型とそれらの反粒子の6種類が存在し、スーパーカミオカンデで捉えることができるのは、主に電子型ニュートリノです。ニュートリノ補足確率は、電子型ニュートリノのエネルギーに依存します。

これまでの素粒子物理学の研究によって、極めて軽いけれども異なる3種類の質量を持つニュートリノが存在しており、真空中や物質中を通過する間に互いに入れ替わる、ニュートリノ振動と呼ばれる現象が存在することが判明しています。超新星において中心部の原始中性子星で発生したミュー・タウ型ニュートリノが、外層に到着する短い時間の間にニュートリノ振動によって電子型ニュートリノに変わることが予想されています。ミュー・タウ型ニュートリノと、電子型ニュートリノではニュートリノ-原子核の相互作用の仕方が異なります。Ta-180の量を検証することで超新星爆発時に外層に存在していた電子型ニュートリノの量と平均エネルギーを推定でき、ニュートリノ振動の未知のパラメーター(混合角θ13及び、質量階層)の値の範囲に制限を与えます。


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