東大理・JAEA・九大・千葉工大

40Ar(アルゴン−40)の超変形状態観測に世界で初めて成功
−中性子過剰な原子核での異常変形状態の発生メカニズム解明に迫る−

発表日時

2010年3月11日(木)14:00〜15:00

発表場所

東京大学理学部1号館 2階 205号室(第2会議室) ※末尾の地図参照

発表者

東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター 講師 井手口 栄治

独立行政法人日本原子力研究開発機構原子力基礎工学研究部門 研究主席 大島 真澄

九州大学大学院理学研究院物理学部門 助教 森川 恒安

発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター 井手口栄治講師,日本原子力研究開発機構原子力基礎工学研究部門 大島真澄研究主席・グループリーダー,九州大学大学院理学研究院物理学部門 森川恒安助教,千葉工業大学情報科学部教育センター 菅原昌彦教授らは,自然界で安定に存在する原子核(注1)(安定原子核)の一つである40Ar(アルゴン−40)の高いエネルギー状態を観測した結果,長軸と短軸が約2:1の比を持つ非常に大きな変形状態(超変形状態)が現れる事を世界で初めて明らかにした。この結果,原子核に非常に大きな変形を与える超変形魔法数(注2)が陽子数18,中性子数22という,これまでにない新たな組み合わせで現れる事を明らかにした。この発見により,中性子数が陽子数に比べて多い原子核(中性子過剰原子核)でも超変形状態が存在できる事が実験で確認された事になる。

さらに,40Arでの超変形状態への励起が,近年注目を集めている中性子過剰原子核での異常変形状態の発現に対応する事を示した。安定原子核の励起状態を詳細に調べる事により,中性子過剰原子核に現れる異常変形状態の発生メカニズムの解明に迫った。

発表内容

背景

自然界の物質を構成する原子の殆どの質量を担う原子核は陽子と中性子で構成され,球形以外に様々な形をとる事が知られているが,特に陽子数,中性子数が2,8,20,…の魔法数(注3)の場合には例外なく球形になると考えられていた。しかし中性子数が陽子数に比べて過剰な原子核(中性子過剰原子核)では魔法数でも球形にならない例が近年多数発見されている。特に中性子数20近傍の原子核は大きな変形状態を示す異常変形領域(注4)と呼ばれており,30Ne(ネオン-30), 32Mg(マグネシウム-32), 34Mg(マグネシウム-34)はその典型例である。この発生メカニズムの究明は現在,原子核物理学の主要な研究テーマの一つとなっている。

一方,超変形原子核と呼ばれる長軸と短軸の比が約2:1と極端に変形したラグビーボール形の原子核は,球形の魔法数とは異なる新たな魔法数(超変形魔法数)をとる時に現れると予想され,様々な原子核で超変形状態の探査が行われてきた(図. 1)。しかし超変形魔法数がどのような場合に現れるか,その中性子数,陽子数の増減に対する安定性は良く分かっていなかった。

アルゴンおよびその近傍領域の原子核では,これまで陽子数と中性子数が等しい場合のみ(36Ar(アルゴン-36),40Ca(カルシウム-40),44Ti(チタン-44))で超変形状態の存在が確認されており,その事は陽子数,中性子数ともに18,20,22が超変形状態を作る魔法数になっている事を示唆していた。超変形魔法数の中性子過剰原子核での振る舞いを調べるために40Arでの超変形状態の探査実験を行った。

研究手法と成果

日本原子力研究開発機構のタンデム加速器(注5)と多重ガンマ線検出装置GEMINI-IIを用いて,エネルギー70MeV(70メガ電子ボルト)の18O(酸素-18)ビームを26Mg(マグネシウム-26)の薄膜に照射し,核融合反応(注6)26Mg(18O, 2p2n)で出てくる2個の陽子と多重ガンマ線(注7)を同時に計測することにより40Arの高い角運動量状態(高速で回転している状態)についての精密測定を行った。その結果,超変形原子核が高速で回転している事を示すスペクトル(図. 2)が得られ,40Arに超変形状態が存在する事を世界で初めて示す事が出来た。

今回の実験結果は中性子数22の超変形魔法数が中性子過剰領域でも成り立つ事を示唆する初めての例となる。

観測された超変形状態は陽子2個,中性子2個が同時に高いエネルギー準位に励起する事により発生する事を明らかにしたが,この励起は中性子過剰原子核に現れる異常変形状態の発現にも対応する。この研究を通じこれまでとは異なった方法で中性子数22の中性子過剰原子核に現れる異常変形状態の発生メカニズムの解明に迫る事が出来た。

今後の期待

安定原子核の励起状態を詳細に調べる事により,中性子過剰原子核に現れる異常変形状態の発生メカニズムを明らかにするという新たな研究方法を与える事ができた(図. 2)。この方法をより多くの不安定原子核に応用すれば,宇宙での物質創成経路上にある原子核の構造変化の探究にも役立つ。

また,重い原子核への適用が困難だった多様な原子核理論モデルが今回の共同研究で得た軽い原子核の実験データについては適用可能であるため,これらのモデルの検証,高度化に有用なデータを提供する。

発表雑誌

Physics Letters B 誌 2010年3月15日号に掲載予定
(オンライン版は2月25日に発表されました。)

E. Ideguchi, S. Ota, T. Morikawa, M. Oshima, M. Koizumi, Y. Toh, et al., “Superdeformation in asymmetric N>Z nucleus 40Ar”

以上

参考部門・拠点:原子力基礎工学研究部門

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