【用語説明】

1)強誘電体の氷
 強誘電体とは、電場等の外部の力を与えなくても電荷がプラスとマイナスに別れる絶縁体をいう。氷の水素原子はプラスの電荷をもっており、これが揃うことで氷の片方がプラスに、もう片方がマイナスとなり、氷の両端に電位差が発生する。このプラスとマイナスに別れた氷を強誘電体の氷という。
2)赤外吸収スペクトル測定
 測定試料に赤外線を照射し、透過光を分光することで波長ごとの強度分布(スペクトル)を得る分析手法をいう。分子振動を励起するのに必要なエネルギーの分布、すなわちスペクトルの形状は、物質の構造や状態に依存する。本研究では、赤外吸収スペクトルの波数850cm-1 (波長11.7 μm)に観測されるピーク(水分子の秤動に由来)の幅が、低温下で狭くなることを観測した。このピークは氷結晶中の水素原子の配置に敏感であり、ピーク幅の変化は氷XIの生成に対応すると考えられる。本結果は、これまでに報告された氷XIの中性子回折実験の結果ともよく一致する。本研究では実験室の弱い赤外線で吸収スペクトルを測定するため薄膜の氷を用いたが、天体観測では太陽からの強い赤外線のため厚みのある氷でも吸収スペクトルや反射スペクトルが測定できる。
3)中性子回折
 物質を構成する原子核と中性子との相互作用で発生する干渉性の弾性散乱を用いた分析手法をいう。散乱角度と強度から、物質を構成する原子の配置等に関する情報を得ることができる。散乱強度は原子核と中性子との相互作用の強さで決まるので、X線の場合と異なり水素のように軽い原子でも強い回折線が得られる。このため、中性子回折は水素や重水素の位置の決定に重要な役割を果たす。粉末試料の中性子回折では、回折パターンから原子の配置を求める結晶構造解析の方法の一つとしてリートベルト解析が用いられる。結晶構造解析において、解析の信頼性の目安をR因子(測定値と計算値の差を測定値で割った値)と呼び、この値が低い場合に正確な原子の配置が得られたと判断される。JRR-3で実施した研究では、氷XIの構造解析としては最も低いR因子(約5%)が得られており、極めて正確な水素原子の配置が初めて明らかになった。
4)氷XI
 通常私達が目にする雪や氷の結晶構造を氷I(イチ)という。地球上の氷Iの酸素原子は多くの場合六角形を形作るが、雲の中などでまれに立方体を形成する。この氷と区別するために、通常の氷は六角形の英語の頭文字hを添えて氷Ihと表記する。図1(a)で示すように、この氷の酸素原子は水色で示した位置に固定して存在するが、水素原子は酸素原子間の赤色で示す2つの位置に各々1/2の確率で存在する。この状態を、水素原子は無秩序に配置するという。
 一方、水素原子の配置が秩序化した氷の結晶構造で、氷の構造として11番目に存在が知られたものを氷XI(ジュウイチ)という。1972年、金沢大学の河田博士らがその存在を提案した。図1(b)の水色で示した酸素原子は氷Ihと同様の配置をとるが、赤色で示した水素原子は酸素原子間の1つの位置のみに存在する。この状態を水素原子の秩序配置という。ここで、水色の酸素原子1個とそれに近接する赤色の水素原子2個の計3点を頂点とした三角形をつくり、その酸素原子から底辺に引いた垂線を考えると、どの垂線も右図の上方を向いており決して下を向かない(図中で水素原子は必ず酸素原子の上の方に存在する)。この垂線は個々の水分子の分極(電荷の偏り)の方向を示すので、それが全体として上方に偏っていることは結晶全体としても分極することを意味する。この様に、全体的に分極した氷XIは強誘電体となる。

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