用語説明

1)クラスター
原子・分子の有限個の集合体のことで、固体密度でありながら、ナノメートルサイズ(ナノは10の9乗分の1=10億分の1を表す)の有限の大きさを持つ。いわゆる気相(孤立した原子・分子)とも凝集相(固体・液体)とも違う状態であり(少数多体系とも呼ばれる)、気相と凝集相との中間の新しい物質相として考えられている。クラスターは、そのサイズに依存した特異的な物理的・化学的性質を示し、新規磁性・触媒材料など、応用面でも非常に注目されている物質群である。
2)サブ臨界密度プラズマ
レーザー光(電磁波)がプラズマ中を伝搬する際、プラズマの密度が電磁波の波長で決まる閾値を超えるとレーザー光は、プラズマ中を伝搬できなくなる。この閾値を臨界密度(カットオフ密度とも呼ばれる)という。サブ臨界密度プラズマとは、この閾値よりもわずかに低い密度のプラズマのことを指し、レーザー光はプラズマ中を伝搬可能であり、かつ、プラズマ密度も高い状態にあるので、レーザー光とプラズマとが強く相互作用し、相対論的自己収束などの非線形現象を引き起こしやすい、といった特徴を持つ。
3)粒子線がん治療装置
粒子線とは、イオンを加速器によって光速の数百分の一から数分の一程度にまで高速に加速したものを指す。粒子線がん治療装置は、体内に粒子線の一種である陽子線や炭素線を照射してガン細胞を破壊する。従来のエックス線などによる治療と違い、体の表面ではなく、病巣に近い場所でエネルギー損失が最大となるため、高精度でガンの病巣のみを破壊することができる。従って、身体機能の喪失や副作用といった人体への悪影響も少ない。しかし、その高度な治療効果を実現するために、現存の粒子線がん治療器は高周波加速手法という電磁波を用いた方法を利用するため、どうしても装置のサイズが大型化し建設・運用コストが大きくなり、それに比例した治療コスト(300万円)となってしまっている。 そこで、装置の小型化を実現するために、高周波加速とはまったく異なる「レーザー駆動型粒子線という加速手法」が注目され世界各国で研究開発が活発となっている。図5には、レーザー駆動型粒子線治療装置が実現した場合の比較図を示す。この手法の実現にて、7年後には1/10の建設コストおよび粒子線治療費を実現することを目指している。

図5:兵庫県立粒子線治療センターの概要図とレーザー駆動型治療装置が実現した場合のイメージ図

4)レーザー光のガイディング
集光された高強度レーザービームは、中心付近の強度が周囲に比べて強くガウス型の強度分布となる。この際、プラズマ中の電子は、光圧力(電場の大きい場所から小さい場所へ向かう力。ポンデロモーティブ力(動重力)とも呼ばれる)によりレーザー強度の強い場所から弱い場所へ押し出され、中心付近の屈折率は大きくなる。その結果、光は屈折率の大きな方へ曲げられるので、光の収束が起こる。これに加え、本研究のように、中心部分のレーザー集光強度が相対論的強度となることで、電子の質量が相対論的効果により増大し、プラズマ振動数が低下することにより屈折率は大きくなり、さらなる光の収束が起こる。後者は相対論的自己収束と呼ばれる。これらレーザー光の自己収束の効果とプラズマによるレーザー光の発散効果とがうまくバランスすると、レーザー光のガイディングがおこり、プラズマ中をレーザー光が長距離にわたって伝搬するといった現象が観測される。サブ臨界密度プラズマ中では、相対論的自己収束の起こる閾値が低く、自己収束によるレーザー光のガイディングが容易に起こる。これが、クラスターターゲットを用いたイオン加速の重要ポイントとなっている。
5)ターゲット裏面に生みだす磁気渦
サブ臨界密度プラズマを形成するターゲットの裏面では、レーザー光のガイディングによって生成した光の通り道に沿って、高速の電子流が真空中に発射されるため、マックスウェルの電磁気学の法則にのっとり、磁気渦が形成される。この磁気渦の強度と持続時間は、サブ臨界密度プラズマのプラズマ密度とその密度勾配の微妙なバランスによって決定される。 この磁気渦が消滅する際、磁場の時間変化によりマックスウェルの電磁気学の法則にのっとり電場が誘起され、イオン加速の高エネルギー化に寄与する。
6)ターゲットの連続供給
粒子線がん治療装置では、一定量の放射線を繰り返してガン細胞に照射する必要がある。患者にとっては1回の治療時間が短時間であるほど苦痛が少ない。そのため、可能な限り短時間で目的放射線量を照射できる装置が望まれる。そのため、レーザー駆動による粒子線がん治療装置の場合は、100 Hzを超えるような繰り返し供給や連続供給といった要求に応えることのできるターゲットが必要とされている。現状は、薄膜ターゲットをテープ状にして連続供給するタイプが主流であり、テープが切れた場合のバックアップテクニックや100Hzを超える速度ではテープ供給が間に合わないなどの問題点がある。クラスターターゲットの場合、それらの問題を容易にクリアできる。
7)発散角も小さく照射系の小型化が可能
レーザー駆動による粒子線がん治療装置の小型化のためには、イオン加速部分の小型化と同時にイオン伝送系・照射系の小型化も重要な課題であり、イオンビームの発散角が小さい方が、ビーム輸送効率を上げるための装置も小型化でき後続のイオン伝送系・照射系の小型化にとって有利となる。
8)大型でシングルショットベースのガラスレーザー
レーザー媒質としてガラスにネオジウムなどをドープした結晶を用いたレーザー装置を指す。ガラスは非晶質であり大型化が容易という特徴を持つ反面、冷却しにくいため繰り返し動作という面では難点がある。パルス幅は、ピコ秒(ピコは10の12乗分の1= 1兆分の1を表す)程度である。ガラスレーザー装置は、大型(百メートルサイズ)であり、核融合研究などに利用されている。
9)小型で高繰り返しのチタンサファイアレーザー
レーザー媒質としてサファイアにチタンをドープした結晶を用いたレーザー装置を指す。チタンサファイア結晶は、発振波長幅が極めて広いため、フェムト秒(フェムトは10の15乗分の1=1千兆分の1を表す)の極短パルスを生成させることができる。レーザー媒質が結晶であるため、大型化は困難であるが冷却は早く、高繰り返し動作が可能となる。このため、チタンサファイアレーザー装置は、小型化(数メートルサイズ)が可能であり、産業応用や学術研究などに利用されている。
10)オーバーデンスプラズマ
レーザー光(電磁波)がプラズマ中を伝搬する際、プラズマの密度が電磁波の波長で決まる閾値を超えるとレーザー光は、プラズマ中を伝搬できなくなる。この閾値を臨界密度(カットオフ密度とも呼ばれる)という。オーバーデンスプラズマとは、この閾値よりも大きい密度のプラズマのことを指し、レーザー光はプラズマ中を伝搬できない。
11)固体飛跡検出器CR39
固体飛跡検出器は、薄いガラスやプラスチックのような絶縁性固体中に記録される高エネルギー粒子線の飛跡を、その後の化学エッチング処理によって拡大してエッチピットとし、その大きさや形状を光学顕微鏡で観察する。CR-39(アリルジグリコールカーボネイト)は、代表的な高感度固体飛跡検出器である。同検出器は、計測されるエッチピットの形状と大きさが入射粒子の種類やエネルギーの情報を有していることに加え、かなりの線量までX線や電子線に不感であり、電磁ノイズに影響されないことなどの特徴がある。
12)飛行時間法を用いたイオン検出
レーザー照射を時刻0とし、加速されたイオンの検出器への到着時刻Tと検出器までの距離Lからイオンの速度vが決定され、E = mv2/2の関係からイオンのエネルギーを求める手法のこと。
13)コントラスト比
高強度レーザー光には、主パルス以外にこれにナノ秒(ナノは10の9乗分の 1=10億分の1を表す)からピコ秒(ピコは10の12乗分の1= 1兆分の1を表す)程度時間的に先行する小さなパルスが存在する。これをプレパルスと呼んでいる。この、プレパルスと主パルスとの強度比をコントラスト比と呼ぶ。プレパルスは、主パルスがターゲットに到着するよりも前に、ターゲットと相互作用しプラズマ(プレプラズマと呼ばれている)を生成する。このプレパルスの大小が、主パルスとターゲットとの相互作用に影響を与えるため、プレパルスの制御は、イオン加速を含む高強度レーザー光と物質との相互作用研究全般にとって、大きな課題となっている。

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