補足説明資料

研究の背景

高強度レーザーを集光して物質に照射することにより、ミクロン程度の空間内に極めて強い電磁場(テラ(=1012)ボルト/メートル、メガ(=106)ガウス)を生成させることが出来ます。このような強力な電磁場を用いるレーザー駆動の粒子加速は、装置の卓上レベルの小型化、従来の加速器では実現できないフェムト(=10-15)秒の極短パルスの量子ビーム(X線、高エネルギーの電子線やイオンビーム)の生成が可能、といった特長を有しています。特に、高強度レーザーを用いたイオン加速手法の開発は、これにより粒子線がん治療装置の小型化・低価格化が可能となり、「国民の誰もが切らずに治す粒子線がん治療」の実現につながる、大きな社会的インパクトを持つキーテクノロジーとして最も重要な位置を占めています。

これまで、レーザー駆動粒子線は、高強度レーザーを数マイクロメートル厚の金属や非金属の薄膜ターゲットに照射することにより発生させることが一般的でした。図1に示すように、この手法により、2000年に入り米国ローレンスリバモア研究所が、58 メガ(=106)電子ボルトの陽子線の発生に成功しました。しかし、この実験では、大型でシングルショットベースのガラスレーザー8)を用いていたため、医療に応用することは不可能でした。その後、小型で高繰り返しのチタンサファイアレーザー9)を用いたイオン加速研究が世界各国で行われ、数メガ電子ボルトの陽子線発生が報告されました(図1参照)。しかし、薄膜ターゲットにレーザーを照射した場合に生成するオーバーデンスプラズマ10)は、鏡のように動作しレーザー光の大部分を反射してしまうため、効率のよいイオン加速の実現が困難な状況となっており、新しい効率的なイオン加速手法の開発が必須の状況でした。

これに対して、2005年原子力機構のブラノフらは、レーザー光を反射せずに透過させるサブ臨界密度プラズマを用いることで、イオンをより効果的に加速する画期的な理論モデルを提案しました。図2に示すように、このモデルでは、自己収束によるレーザー光のガイディング、その結果としてターゲット裏面に生成する磁気渦に起因する強力な加速電界によりイオンが高エネルギーに加速されることを予測しています。つまり、サブ臨界密度プラズマではレーザー光が高い効率でプラズマと相互作用するため、より少ないレーザーエネルギーでより高いエネルギーのイオンが得られる、ということになります。

今回の成果は、クラスターターゲットを用いることにより、サブ臨界密度プラズマ中で生成する磁場にアシストされた効果的なイオン加速を世界で初めて実証したものです。

図1.世界のイオン加速研究の成果とスケーリング則。

図2.2005年原子力機構のブラノフらによって、提案されたイオン加速モデルの概念図。

研究の内容

原子力機構の福田らは、国立大学法人大阪大学、国立大学法人神戸大学、ロシア科学アカデミーに属する研究所の協力のもと、クラスターターゲットを用いることにより、サブ臨界密度プラズマを用いた新しいレーザー駆動イオン加速手法の実証実験を行いました。

実験には、原子力機構所有の小型高強度レーザーシステムを用いました。実験装置の体系図を図3に示しています。ピーク出力4テラワット(テラは10の12乗=1兆を表わす)、パルス幅40フェムト秒(フェムトは10の15乗分の1=1千兆分の1を表す)のチタンサファイアレーザー光をクラスターターゲット中に集光させました。クラスターターゲットの生成には、特殊な構造を有する円錐形状のノズルを用いました。真空容器中で、圧力60気圧のヘリウムガスと二酸化炭素ガスとの混合ガスをノズルから噴出させ、平均直径400ナノメートル(ナノは10の9乗分の1=10億分の1を表す)の二酸化炭素クラスターを生成させました。これにレーザー光を照射したところ、5 mmにわたる自己収束によるレーザー光のガイディングが起こり(図3の右上)、レーザー進行方向に高エネルギーのイオンを観測しました。サブ臨界密度プラズマの生成は、軟X線スペクトルを計測し、スペクトルからプラズマ密度を計算することで確認しました(図3の左上)。100マイクロメートル厚(マイクロは10の6乗分の1=百万分の1を表す)の固体飛跡検出器CR3911)を12枚束ねた検出器を用いた解析の結果、加速されたイオンの核子あたりの最大エネルギーは、ヘリウム、炭素、酸素に対して、それぞれ、10、18、20 メガ電子ボルトであることが分かりました(図3の右下)。高エネルギーイオンの生成は、飛行時間法を用いたイオン検出12)によっても確認しました(図4)。このエネルギーは、従来手法による同規模クラスのレーザー装置を用いた場合よりも、約10倍高いエネルギーに匹敵し、従来手法では到達することはできませんでした(図1参照)。

コンピューターシミュレーションによる詳細な解析の結果、クラスターターゲットが作り出したサブ臨界密度プラズマのプラズマ密度とその密度勾配の微妙なバランスが、磁気渦発生とイオン加速の性能を決める決定的な要素となっていると結論づけることが出来ました。

サブ臨界密度プラズマは、薄膜ターゲットなどを用いても生成可能なものです。しかし、クラスターターゲットは、ターゲットの連続供給が可能という、実用上の利点を持っています。クラスターターゲットを用いたサブ臨界密度プラズマ生成は、クラスターターゲットのパラメータ(大きさ、クラスター間の距離など)とレーザー光のパラメータ(エネルギー、パルス幅、コントラスト比13)など)に敏感に依存するものです。本研究では、特殊な構造を有する円錐形状のノズルを設計・製作し、クラスターターゲットのパラメータを最適化しました。このクラスターターゲット生成技術は、世界でも原子力機構の研究チームのみが有する画期的なものです。

図3.実験装置の体系図。

図4.飛行時間法によって求めたイオンのエネルギー分布。

研究成果の意義と波及効果

本成果は、クラスターターゲットを用いることで、従来手法による同規模クラスのレーザー装置を用いた場合よりも、約10倍高いエネルギーにイオンを加速できることを世界で初めて確認したものです。図1に示すとおり、本成果は、薄膜ターゲットを用いた従来研究のスケーリング則から大きく外れており、これまでにない新しいレーザー駆動イオン加速の手法の開発に成功したことを物語っています。この加速手法は、従来の小型で高繰り返しレーザーの技術を用いることで、医療応用に必要とされる80-200メガ電子ボルトのイオンを発生させるための有力な手段となりうるだけでなく、ターゲットの連続供給で単位時間に発生させる粒子線量を増加させ治療時間を短縮することが可能、イオンビームの発散角が3.4度(従来手法では、約10度程度)と小さく照射系の小型化が可能、という特徴も合わせ持っており、今後のレーザー駆動の超小型粒子線がん治療装置開発の進展を一気に加速させることが期待されます。

本成果は、小型で低価格のレーザー駆動の粒子線がん治療装置による「国民の誰もが切らずに治す粒子線がん治療」の実現につながる、大きな社会的インパクトを持つキーテクノロジーとして最も重要な位置を占めています。

本研究は、原子力機構がロシア科学アカデミーに属する研究所の協力を得て、クラスターターゲットを用いたサブ臨界密度プラズマ生成技術を開発し、イオン加速実験を行いました。固体飛跡検出器のデータ解析においては、国立大学法人大阪大学の協力を得て同大学の位相差顕微鏡装置が活用され、国立大学法人神戸大学の協力を得て同大学の広領域画像高速取得顕微鏡装置が活用されました。

本研究は、文部科学省科学技術振興調整費先端融合領域イノベーション創出拠点の形成「光医療産業バレー拠点創出」の一環として実施されました。

本研究の成果は、2009年10月16日に発行される米国物理学会誌Physical Review Letters (Y. Fukuda et al.)の電子版(2009年10月13日(現地時間))に掲載予定です。


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