用語説明

(1)超重力場
特に重力場の大きさ等の定義は無い。我々は、これまでに固体中の原子の沈降が確認されている地上の重力の数十万倍に相当する遠心加速度場を超重力場と呼ぶことにしている。
(2)同位体
同じ化学的性質を持つ元素(陽子の数が同じ)で、質量の違う原子(中性子の数が異なる)のこと。1つの元素には質量の異なる複数の同位体が存在していることが多い。例えば今回、実験対象としたインジウムInは2つの同位体113Inが4.3%と115Inが95.7%から成り立っており、陽子の数はともに原子番号の49個で、中性子の数のみ異なる。113Inの中性子の数は64個、115Inの中性子の数は66個。
また、同位体には放射能を持つ放射性同位体 (Radioisotope) と持たない安定同位体 (Stable Isotope) の2種類が存在する。
(3)超遠心機
遠心管や遠沈管とよばれる容器(カプセル)に溶液等を入れ、回転体(ローター)を用いてこの溶液等を高速回転させることで、地上の重力の数十万倍の遠心力を発生させ、溶液中の粒子の沈降速度を高める装置。地上の重力の80万倍ほどの遠心力を室温で発生できる装置が市販されている。我々が物質研究に利用している超遠心機は地上の100万倍の遠心力を扱えるもので、一番の特徴は物質を高温に加熱しながらの実験が可能なことである。
(4)固体や液体中の同位体の沈降
本来、同位体存在率が天然同位体比で一様であるはずの固相のセレン(Se) 、液相のセレンそれぞれについて、地上の重力の82万倍の重力場で遠心処理したところ、重力方向に重い同位体の存在率が増加し、重力と反対方向に軽い同位体存在率が増加する同位体比の空間分布が傾斜した試料が得られた。これは、原子レベルでの沈降が起き、試料中の同位体存在率が変化したことを表している。この沈降現象は「同位体の沈降」と呼ばれている。原子力機構と熊本大学との共同研究において、世界で初めて確認された現象である。固体や液体状態の単一元素の中で同位体の沈降が起こる場合は、自己拡散の方向性に強い遠心加速度場の影響が生じているものであると考えられる。また、より重い同位体の沈降が起きた場合、軽い同位体の浮上が生じる。

セレン
 原子番号:34 。元素記号:Se。融点:221℃。同位体74Se(0.87%)、76Se(9.36%)、77Se(7.63%)、78Se(23.78%)、80Se(49.61%)、82Se(8.73%)から成る。セレンを実験対象に選んだ理由は、固体や液体状態での同位体の沈降の有無を確認することを目的として研究を進めている段階において、質量差が大きいほど顕著な同位体の沈降が起こることが期待できたため、質量差が大きな同位体を持ち、かつ400℃以内で実験が可能な元素であったからである。

沈降現象
 溶媒中に分散した溶媒よりも密度が大きな微粒子が重力方向へ移動すること。遠心力を加えることで沈降速度を速めることができる。溶液中の沈降が一般的であるが、溶媒が固相の場合は溶質原子が原子レベルで沈降することが確認されている。この固体中の原子の沈降に関しては、まず、1969年 L. W. Barrらが、物質構造に寄与しない原子の沈降(格子間を拡散する不純物原子の沈降)を確認している。このとき用いられた超遠心機の遠心加速度は地上の16万倍である。続いて、1997年に熊本大学の真下らが物質の構造に寄与する原子(置換型溶質原子、構成原子)の沈降現象を確認している。このとき用いられた超遠心機の遠心加速度は地上の85万倍である。これは、構造に寄与する原子の沈降であるため、傾斜構造の形成等、物質制御に利用できると考えられている。
(5)黎明研究採択課題
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センターでは、センターの基本方針の一つとして、黎明期の独創的・挑戦的な研究を将来へ向けて一人歩きできるまで活性化・成長させることを目指している。黎明研究制度は、原子力科学の分野で革新的な原理や現象の発見をめざす先端基礎研究の中から、特に、独創性、新規性、発展性、挑戦性などに富むものを黎明研究課題として採択し、研究費を給付するものである。個人研究(個人のユニークな発想、独自性が重視される)およびグループ研究(専門分野、背景などの異なる複数の研究者から構成される)により、研究を実施する。研究成果は年度ごとに報告書を発行し、公開している。

(本採択課題:参考)
平成18-19年度 原子力機構黎明研究
申請者:
 丸和電機株式会社・末吉正典
機構側共同研究者:
 小野正雄、岡安悟、ハオティン、真下茂(熊大、客員研究員)
課題名:
 凝縮物質中での同位体遠心分離を実現するためのロータの開発
目的:
 同位体遠心分離を凝縮相(液相、固相)中で実現するための技術開発の要となる専用ロータの開発を目的としている。この方法で同位体分離をめざした研究例はなく、達成すれば日本を起源とする同位体分離技術となる。
課題申請案の元となった特許等:
1)「高速回転試験装置」
 特開2003-103199号(H15.4.8)
 内容:超重力場発生装置の開発
2)「同位体を分離・濃縮するための方法及び該方法に使用するロータ」
 特開2007-275725号(H19.10.25)
 内容:固相や液相での同位体分離の提案
1)、2)ともに熊本大学、原子力機構、丸和電機株式会社の3者共同出願。
(6)2成分系
2つの元素からなる物質の総称。それが合金の場合は2成分系合金。2成分が原子レベルで良く混ざり合う場合は固溶系、混ざらない場合は分離系。
(7)溶融試料液滴を射出する装置
今回のロータ開発において同時に開発した試料供給装置。まず、高速回転中のロータに液体状態および固体状態で試料を供給するテストを行い、その結果、固相ではうまく捕獲できず、液体状態で供給すべきことが分かったため、固相の実験も液相の実験も液滴を供給することにした。また、超重力場発生装置がロータをつり下げる遠心機であり、ロータ上部に試料供給装置を設置できるスペースが無かったため、ロータ下面から射出供給する方法とした。
(8)インジウム
原子番号:49 。元素記号:In。融点:156.4℃。蒸気圧:1.42 × 10-17 Pa(429K)。同位体113In(4.3%)、115In(95.7%)から成る。今回実験対象に選んだ理由は3点ある。1点目は設計上のロータの最大遠心加速度40万Gで固相および液相それぞれの場合の実験が可能である融点(156.4℃)を有していること。2点目は、同位体が2つであるため、質量差による同位体分離の有無を評価しやすいこと。3点目は、蒸気圧が高く、到達真空度10Pa程度の超遠心機の真空チャンバ中で加熱しても蒸発しにくいこと。以上。
(9)塑性変形
固体が力を受けて変形するとき、力がある限度より小さい場合は力を取り去ると元の形に戻る(弾性変形)。この範囲を超えた変形の場合、力を取り去っても元の形に戻らなくなる。この変形を塑性変形という。金属材料の多くはすべりによって塑性変形が生じる。数十万Gレベルの非常に強い遠心加速度場下では、遠心力の影響でこの塑性変形が顕著に起こるため、固体であってもまるで液体のような流動が生じる。しかしながら、流動には長時間を要する。

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