1. 背景

原子力機構は平成12年度からの熊本大学との共同研究において、400℃までの温度範囲で試料を加熱しながら、地上の重力の100万倍の遠心加速度場を100時間まで長時間かけ続けることができる超重力場発生装置 (非常に強い遠心加速度場下の物質研究用の超遠心機)を開発した(図1a)。この装置を用いて、非常に強い遠心加速度場下で生じる固体状態の2成分系(6)合金中での異なる元素の質量差による原子の沈降について研究を進めてきた。そして最近、複数の同位体より成る単一元素を固体や液体状態で超遠心処理することで、同位体の僅かな質量差でも原子の沈降 (同位体の沈降)が生じることを世界で初めて確認した。この研究結果は、連続分離システムを開発すれば、新たな同位体分離法として、超重力場を利用した固体や液体状態での同位体分離技術の提案が可能であることを示唆するものであった。

そこで原子力機構は、熊本大学と共同で同位体の沈降メカニズムの解明を目指した研究を行う傍ら、丸和電機と共同開発チームを形成し、超重力場を利用した固体や液体などの凝縮状態での同位体分離を実現するために必要な要素技術である、超遠心機ロータの研究開発に着手した。

2. 研究内容

まず、超遠心機にて高速回転中に外部から供給される試料を受け入れることが可能で、内部に同位体分離を行うための2つの沈降槽を有した外径80mmのTi合金製ロータ、および、遠心中のロータに溶融試料液滴を射出供給する装置(7)を設計・製作した(図1b)。その後、過回転試験によるロータの実回転強度確認やインジウム(8)を試料とした場合の試料射出量条件の割り出しや、その他の実験条件の決定等を行った。実験条件は、液体状態の場合のロータ温度はインジウムの融点156℃より高い170℃として試料の射出間隔を5min/shot(全140発)とした。固体状態の場合のロータ温度はインジウムの融点直下の148℃、ロータ内の試料の移動には、強い遠心力によって生じる塑性変形(9)に伴う流動現象を利用するため非常に遅い移動現象であることが予想されたため、試料の射出間隔は45min/shot(全120発)と長めに設定した。溶融試料射出装置から射出する試料の量は約0.1g/shotとし、試料温度は液体状態での実験時に温度差による対流が生じにくいように同じ170℃とした。ロータの回転速度は、ロータの過回転試験および強度解析から試料温度200℃近辺でロータの破壊無しで安全な実験が可能であると見積もられた97,000rev/minとした。続いて、上記の実験条件において、@溶融試料射出装置から射出した溶融インジウム液滴を受け入れる際のロータの回転安定性確認、A継続的な試料供給によるロータ重量増加に伴う回転安定性喪失の有無の確認、B固体や液体状態の場合におけるロータ内部の試料の移動状態の確認等を行い、固体および液体状態いずれの場合においても、試料の供給やロータ内の試料の移動により、ロータの回転の安定性が損なわれないことを確認した。さらに、固体および液体状態それぞれの場合において、遠心処理後のロータの2つの沈降槽内のインジウムの同位体比が天然存在比から変化していることを確認し、設計で意図した通りの同位体分離が可能であることを確認した(図2)。開発したロータを用いた同位体分離イメージを図3に示す。

今回開発したロータを用いた場合、少なくとも、単元素を対象として最高400℃までの試料温度で40万Gまでの超重力場を利用した同位体分離実験を行うことが可能である。

当該方法は、「気体」状態よりも高密度な状態の物質を扱った方法であり、設備の小型化による経済性の確保が期待される。例えば、病気診断や治療に用いられる放射性医薬品の製造に必要な同位体分離工程に利用できると考えている。具体的には、原子炉を利用してモリブデン-99(医療用の放射性同位体テクネチウム-99mの親核種)を効率よく製造する方法にモリブデン-98の分離・濃縮が望まれるため、ここへの適用の可能性を検討中である。

なお、本研究は、原子力機構の黎明研究にて実施された。

図1 a)超重力場発生装置(物質研究用超遠心機)、b)開発した固体や液体状態での同位体分離ユニット(ロータおよび溶融試料射出装置)

a)液体状態の場合

b)固体状態の場合

図2 開発した同位体分離ユニットを用いた超遠心実験前後のインジウムの113In/115In同位体比, a)液体状態の場合、b)固体状態の場合。(@遠心前の試料、A遠心後の第1沈降槽内試料、B遠心後の第2沈降槽内試料。図1b)模式図参照。)

図3 開発した2段沈降槽付ロータ内での同位体分離イメージ図および解説1

i)溶融試料射出装置から射出された溶融インジウムが捕獲槽aで捕獲され穴bを伝って第1沈降槽cに入る。固体状態での実験の場合は、穴bを抜けるまでに固化する実験温度を選ぶ必要がある。

図3 開発した2段沈降槽付ロータ内での同位体分離イメージ図および解説2

ii)インジウムは、 113In、 115Inの2つの同位体よりなる元素である。 cで重い115Inが遠心方向に沈み、軽い113Inが浮き、同位体比の勾配ができる。試料が追加供給されると、切欠dを経由して、第2沈降槽eに軽い113Inをより多く含む成分が溢れ出し、cには重い115Inが多く残留する。

図3 開発した2段沈降槽付ロータ内での同位体分離イメージ図および解説3

iii)結果、上段eではインジウムの天然の同位体存在率よりも113Inが増加し、下段cでは115Inが増加する。分離システムの多段化やカスケード化で同位体の連続分離を可能とするには、さらなる技術開発が必要である。

図3 開発した2段沈降槽付ロータ内での同位体分離イメージ図および解説


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