補足説明

背景

厚さ数cmの金属遮へいを破壊することなく、内部の化学物質を識別する確立した装置はない。このような装置があれば、港湾において輸入されたコンテナの内部を非破壊で測定することができ、爆発物や密輸入の対象であるような有害物質を検知することが可能になる。また、空港や港湾に出入りするトラックの荷台に隠ぺいされた爆発物等を検知することも可能になる。このような検査装置については、実際に様々な研究開発が行われている。

マサチューセッツ工科大学のW. Bertozzih教授が設立したPassport Systems Inc. ( http://www.passportsystems.com/)では、従来型の制動放射ガンマ線を用いた原子核共鳴蛍光散乱による、トラックの検査装置の開発を行っている。また、日本の税関も従来のX線装置より強力な透過力を有する検査装置の導入を必要としており、実際に横浜税関から2007年に委託を受けた産業技術総合研究所等が、「次世代X線を活用した検査に関する技術調査」を行った。このように、より大型で透過力の高い検査装置が世界的に求められている。

一方、原子力機構を中心とする研究組織は、放射性同位体5)の非破壊測定法の研究開発をすすめてきた。この手法は、目的とする放射性同位体に合わせて調整したレーザー・コンプトン散乱(laser Compton scattering: LCS)ガンマ線を照射し、原子核蛍光共鳴散乱(Nuclear Resonance Fluorescence: NRF)で発生したガンマ線を計測することで、目的とする放射性同位体を測定する手法である(平成21年3月6日プレスリリース、「ガンマ線ビームを用いて隠れた同位体の位置と形状を測定」)。

上記の手法では目的とする1種類の放射性同位体しか測定できなかったが、今回は複数の安定同位体を同時に測定できるように手法を改良したことで、爆発物等の非破壊測定が可能になった(「原子核共鳴蛍光散乱を用いた非破壊検査システム」特願2009-051497、2009年3月5日出願)。さらに、この新しい測定法の原理実証実験を行ったのが今回の成果である。

原理

本測定法では、4〜5 MeVの高エネルギーかつ限定的なエネルギー幅を有するガンマ線をプローブとして用いることが特徴である。

高エネルギーのガンマ線は、数cm程度の厚さの鉄を十分に透過する。また、原子核と相互作用して原子核蛍光共鳴散乱(NRF)を起こす。NRFによって放出されたガンマ線を測定することで内部に存在する原子核の種類と量を知ることができる(図1参照)。

また、エネルギー幅を有するガンマ線を照射した場合、同時に数種類の原子核に作用しNRFが発生するため、複数の原子核の種類と量を同時に測定できる。

このような特定のエネルギー幅を有するガンマ線を生成する手法が確立していなかったため、本測定法はこれまで考案されていなかった。任意のエネルギー幅を生成できるLCSガンマ線源の発展により、このような非破壊測定法が可能になったのである。

図1 測定原理

実験

本手法の有効性を確認するために、爆発物の模擬物質として炭素と窒素を多く含むメラミンを用いて実証実験を行った。実験には、産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の放射光施設TERAS6)に設置されたLCSガンマ線装置を用いた(図2参照)。炭素と窒素の同時計測には、4〜5 MeVのエネルギー領域を有するガンマ線が必要である。そこで、530 MeVの電子と1064 nmの波長のレーザーを衝突させて最大エネルギーが5 MeVのガンマ線を発生させ、鉛コリメーターで散乱角度を調整し4〜5 MeVのLCSガンマ線を生成した。このLCSガンマ線を15mmの厚さの鉄と4mmの厚さの鉛を透過させて対象試料であるメラミンに照射した。模擬物質の炭素-12及び窒素-14からNRFにより放出されたガンマ線を高分解能ガンマ線検出器で計測した(図3参照)。

遮蔽された物質中の炭素と窒素の比を、ガンマ線のエネルギースペクトルのピーク面積から求めた。検出器の検出効率等の補正後、炭素と窒素の比は炭素/窒素=0.39±0.12であり、メラミンの炭素/窒素=0.5と誤差の範囲で一致した。したがって、本計測法の有効性が実証された。

図2 実験配置図

図3 (左)入射したレーザー・コンプトン散乱ガンマ線のエネルギー分布

意義

本手法により、数cmの厚さの鉄などで隠ぺいされていても、非破壊で内部の化学物質を検知・同定が可能になる。一般的な爆発物は窒素を多量に含んでいることが知られており、高精度に窒素/炭素の比や、窒素/酸素の比を計測することで、ダイナマイトやニトログリセリン等の爆発物の種類を特定可能である。また、同時に塩素やアルミニウム等他の元素も測定可能であり、金属を透過した非破壊測定において様々な可能性を秘めている。

原子力機構では、高輝度のLCSガンマ線源の開発を進めており、本研究でLCSガンマ線による非破壊測定法の実証が行われたことで、今後、本測定法の実用化への道筋が示された。


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