平成21年3月31日
茨城県
J−PARCセンター
国立大学法人茨城大学

新方式中性子検出器の開発に成功
−J-PARC タンパク質構造解析用中性子実験装置−

茨城県(知事;橋本昌)は、J-PARCセンター(日本原子力研究開発機構及び高エネルギー加速器研究機構の共同運営組織、センター長;永宮正治)と茨城大学(学長;池田幸雄)への委託研究により、位置分解能1mm以下、計測時定数1μsという高性能な新方式の中性子検出器の開発に成功しました。この検出器は、(有)テクノエーピー(社長;荒井孝司、茨城県ひたちなか市)が茨城県から受注して製作したものです。12月23日から中性子利用研究を開始したJ-PARC/MLF(大強度陽子加速器・物質生命科学実験施設;図1ab)の茨城県生命物質構造解析装置(図2ab)に設置しており、新薬創製等への産業利用が飛躍的に促進することが期待されています。

茨城県はJ-PARC/MLFに生命物質や有機分子の構造解析に適用する、生命物質構造解析装置(iBIX)を設置しました。中性子を利用すると水素原子や水分子をよく観察できることから、水や生命科学に関係する医薬品、食品、農産物から、高分子材料、燃料電池、触媒、無機・有機デバイスなど、幅広い産業分野での研究や製品開発への応用が期待されています。

日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)の共同運営組織であるJ-PARCセンターと茨城大学は、茨城県からの委託研究により、iBIXで用いる新方式の中性子検出器(パルス中性子に対応する波長変換ファイバ型2次元シンチレータ検出器)の研究を進めて来ましたが、この度その開発に成功しました。

この検出器をiBIXに適用すると、JAEAの研究用原子炉JRR-3に設置してある,既存の生体物質回折装置(BIX-3,4)に比べて50倍〜100倍の測定効率が得られます。そのため、例えば、これまで4ヶ月くらいの測定期間が必要であったタンパク質の構造解析が、わずか数日で出来るようになるなど、研究が飛躍的に進展することが期待されます。新薬創製等、企業での技術開発、製品開発などの応用研究が効率的に進められることも期待されます。

J-PARCの強力なパルス中性子を利用したタンパク質の構造解析は、新薬開発などに結びつくことから、その有効性は認識されていました。しかし、既存の検出器ではタンパク質試料から散乱した中性子の入射時間を正確に測定することができず、J-PARCの特徴を十分に生かすことができないと考えました。そこで、J-PARCセンターでは、波長変換ファイバを用いたシンチレータ検出器による高速計測法を考案し、茨城大学との共同開発により、高性能な検出器の開発に成功しました(図3ab)。

この検出器の特徴は、

1) シンチレータ(中性子を検出して光る素材)を改良し、短時間で強く発光する材料を開発
2) シンチレータを挟んで直交する方向に波長変換ファイバをそれぞれ256本配置することにより位置分解能1mm以下を実現
3) 試料結晶から散乱した中性子を効率よく収集するため、検出できないエリア(不感領域)を大幅に狭くした

ことなどです。

12月末から2月末までに行った実験では、20kWという低出力にもかかわらず、RNaseAという核酸を切断するタンパク質など複数のタンパク質で、既存の装置(BIX-3,4)と同程度の検出感度で中性子散乱像を撮影できることを確認しました(図4)。J-PARC/MLFの出力が、設計値である1MWに達する頃には、既存の装置の100倍以上の測定効率となり、小さい結晶でも短時間での測定が可能となります。学術研究だけでなく、産業利用に対しても強力なツールとなることが期待されます。

図の説明:(補足説明資料[PDF、2.56Mバイト]

図1 大強度陽子加速器・物質生命科学研究施設(J-PARC/MLF)
J-PARC/MLFの模式図(図1a)、航空写真(図1b)
図2 茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)
iBIX測定室および制御室(図2a)、検出器と試料位置(図2b)
図3 開発に成功した検出器モジュール
iBIX用検出器モジュールの外観(図3a)、波長変換ファイバ読出部の中性子検出原理(図3b)
図4 RNA分解酵素の中性子回折像
図5 中性子解析により明らかにされたタンパク質における水素や水の構造例

用語の説明:

1) μs:マイクロ秒。百万分の1秒
2) パルス中性子:J-PARCなど、陽子加速器を利用して原子核破砕反応によって生成される中性子で、パルス的に発生する。J-PARCの場合、1秒間に25回(0.04秒間隔)の割合で周期的に発生する。またパルス中性子は、1パルス中に連続的なエネルギーを持ち、それぞれのエネルギーを弁別観測することで、一度に多量のデータを収集することが可能である。
3) 中性子構造解析:試料の結晶に中性子を照射すると、中性子は結晶中の原子位置に依存して決まった方向に散乱する。この散乱した中性子の位置と強度を調べて解析することで、結晶中の原子位置を求めることができる。特に中性子を用いると、水素原子あるいは水素イオン(プロトン)の位置を、X線と比較して容易に見ることができる。多数の水素を構成成分に含むタンパク質の結晶解析や、有機化合物の化学反応の研究などに重要な情報が得られる。
4) 波長変換ファイバ型2次元シンチレータ検出器:検出器面に入射した中性子を、中性子が当たると発光するシンチレータと呼ばれる物質で光に変換し、さらに波長変換ファイバで中性子入射位置情報を保ちながら別の波長の光に変換し、光増幅器に送る検出器。四辺形の感受面のどこに、いつ中性子が当たったかを読み出すことができる。シンチレータの素材、光増幅器、電気回路などに新しい技術を利用している(特開2005-077235 光ファイバを利用した放射線及び中性子検出器、特開2005-200461 濃縮ボロンを用いた中性子用シンチレータ、他 )。
5) Å:オングストローム。100億分の1メートル

以上

参考部門・拠点:J-PARCセンター

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