補足説明

1.背景

ビッグバンや超伝導発現などはすべて相転移の一種であり、自然界にある相転移の性質を解明することは物理学の重要な課題である。ウラン化合物の絶対零度での未知の相転移(量子相転移)2)に対しては、磁気分極(スピン密度波)4)もしくは磁気遮蔽(近藤効果)5)により量子相転移が起きると考える2つのモデルが提案されていた。図1に示すように、磁気分極による転移の場合、磁気分極が長距離に亘って生じる。一方、磁気遮蔽による転移の場合、転移点で微視的磁石の磁気遮蔽が生じる。相転移点付近では、相の揺らぎ3)が大きくなる。磁気の量子相転移の場合、磁気揺らぎが大きくなるわけである。これは図1で赤の大矢印の左右の状態にふらつくことに対応する。一方、超伝導になるためには電子同士がペアを組む必要があるが、揺らぎがペアを形成する引力になることがわかっている。ウラン化合物では、この量子相転移点付近の磁気揺らぎが引力となり超伝導が発現することから、どちらのモデルが正しいのかが、超伝導機構解明においても大きな問題となっていた。

2.研究内容

今回の研究では量子相転移の振る舞いを示すウランスズ(USn3)というウラン化合物の研究を行った。ウラン化合物は量子相転移が比較的容易に現れる数少ない化合物群である。ウラン化合物の量子相転移点付近では、試料内で生じている微視的な磁石6)の磁気揺らぎが大きくなる。試料内で生じているこの磁気揺らぎの及ぶ範囲の大きさを関連長さξ(グザイ)と呼ぶ。この磁気揺らぎの性質を解明するため、核磁気共鳴法を用いて、関連長さの温度依存を測定した。磁気揺らぎが大きくなると関連長さが大きくなるので、関連長さの測定から磁気揺らぎの性質を明らかにできる。図2に示すとおり、その温度依存が、磁気分極モデルからの理論値と一致することを初めて示した。

図1 磁気分極モデルと磁気遮蔽モデル。

図2 核磁気共鳴(NMR)法により測定した重い電子系USn3の関連長さξ(グザイ)の温度による変化の実験値(赤丸)。

3.成果の波及効果

高温超伝導体やウラン化合物の超伝導は量子相転移点付近の磁気揺らぎによって生じると考えられている。図3に示すように、超伝導状態では2つの電子がペアになるが、ウラン化合物では、磁気揺らぎがその超伝導電子ペア間の引力の起源と考えられているからである。今回の成果は、その磁気揺らぎの起源が磁気分極であることを明らかにしたもので、超伝導発現機構モデルの構築に重要な指針を与える。高い温度で超伝導になる新物質においても磁気揺らぎが引力となる可能性が高いので、新高温超伝導体を設計する上でも役立つと考えられる。

図3 超伝導状態では2つの電子がペアを作る。


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