(研究の経緯及び内容)

希少金属のスカンジウムは、少量の添加で合金の強度や電気特性を飛躍的に向上できるため、産業上注目されている金属であり、今後、需要の大幅な増加が期待されています。しかし、スカンジウムは主要な元素として鉱石に含まれず、加えて地下深くから採掘して精製することにより得られるため非常に高価です。本研究開発プロジェクトでは、地下から湧出する高温の温泉水にはスカンジウムやバナジウムなどの有用な金属が溶存しており、希少金属の新たな資源の供給源として注目しました。ただし、これらの溶存濃度は僅か数10ppbの低濃度であることから、温泉水中の金属を捕集して金属資源として用いるには、金属イオンを効率良く捕集することのできる高性能の金属捕集布が必要です。

群馬県にある草津温泉は約pH2の強い酸性泉であり、温泉水中には1トン(1m3)あたり、スカンジウムが17mg溶け込んでいます。そのため、酸やアルカリに対して耐性の高いポリエチレンを選定し、その中でも耐熱性の高いものを基材として選びました。原子力機構では、酸性溶液中の低濃度のスカンジウムに対して、リン酸基が高い親和性を有することを文献調査で見出し、ポリエチレン不織布基材にリン酸基を放射線グラフト重合で導入して、温泉水からのスカンジウムの回収に適した金属捕集布を開発しました。(図1)。

図1 グラフト重合によるスカンジウム捕集材の合成法

開発した金属捕集布の有効性を確かめるため、平成16年から草津町との共同研究を開始し、温泉排水が流れ込む湯川に、この金属捕集布を浸漬して性能評価を行ったところ、約1日浸漬するだけで、高品位な鉱石中のスカンジウム濃度である100mg/kgの2倍の濃度でスカンジウムを吸着できました。これは、捕集布が温泉水中のスカンジウムを1万5千倍程度に濃縮したということになります。

(共同研究機関内の役割について)

この研究成果を基に計画した「温泉水中のスカンジウム捕集に関する研究」が、平成18年度の経済産業省地域新生コンソーシアム研究開発事業に採択され、2年間の実験を草津町で行いました。

株式会社アンザイの田中和也課長らが、酸性の温泉水に耐え得る仕様とするため、腐食の懸念がある金属材料を用いずに捕集試験装置(図2)を製作し、草津の湯川岸に設置しました。この装置は、湯川の流量の千分の1に相当する1分間あたり40リットルの温泉水が処理できます。湯川は旅館からの温泉排水が流れ込むため浮遊物が多く、捕集布の目詰まりの原因となるため、浮遊物の大きさに合わせて効率的に除去できるプレフィルタを装置に組込みました。

スカンジウム捕集布については、日本カーリット株式会社の桐生俊幸主任研究員らと原子力機構の量子ビーム応用研究部門 金属捕集・生分解性高分子研究グループの玉田正男グループリーダーとが、日産12kgの合成装置(9月5日特許出願済)を開発しました。合成装置による量産化プロセスでは、グラフト反応と同時に、目的以外の副生成物が発生し、合成効率が低下してしまいましたが、反応液の流れを制御することにより、この問題が解決できました。

スカンジウムの捕集評価は、株式会社群馬分析センターの高橋牧克元取締役らが分析手法を確立しました。温泉水中には硫化水素やフッ化水素など様々な元素が溶けているため、スカンジウムを特定できる質量分析方法が見つけられませんでしたが、妨害元素の量を見積もることで、精度良くスカンジウムの濃度を測定できる補正方法を見出しました。

財団法人群馬県産業支援機構は管理法人として研究を円滑に進めるために支援しました。

これらの成果を結集して、スカンジウム捕集布450gを充填した捕集カラム(物質の分解などに用いる円筒状の装置)を捕集試験装置に装填し、4時間で総量4,500リットルの温泉水を連続的に送り込んで試験を実施した結果、温泉水から95%以上の回収率(含有量0.0765gのうち0.075gを回収)でスカンジウムを捕集することができました。

捕集材カラムに充填したスカンジウム捕集布の使用効率と定期的なカラム交換を考慮すると、同装置の連続運転により年間で220gのスカンジウムを捕集可能なことが分かりました。今回は、10リットルのカラム2本に捕集布を充填して実験を行いましたが、千倍の大きさの20m3のカラムを使用することで、1年間で日本国内での年間使用推定量を十分カバーできる200kgのスカンジウムが捕集でき、幅広い産業利用を推進することができます。

図2 草津町に設置したスカンジウム捕集試験装置

(今後の研究課題)

温泉水からのスカンジウムの捕集を行う際、吸着および溶離を繰り返し、捕集布を60回以上再使用することができれば、経済性の面からも実用化の可能性があることがわかりました。そのため、草津町、株式会社アンザイ、原子力機構並びに本技術の実用化を目指して発足したベンチャー企業株式会社ERHテクノリサーチ(代表取締役 高橋牧克)とで共同研究を行い、実用化に向けた課題であるスカンジウムの吸着・溶離の繰り返しの捕集布の吸着性能への影響を調べ、繰り返し使用における耐久性の評価を進めていきます。さらに、この評価結果を基に捕集布の高耐久性化を図り、実用捕集システムの開発を行う計画です。また、今後5年間以内にスカンジウムを含む全国の温泉源、スカンジウムのユーザー調査を完了し、ビジネスモデルを構築していく予定です。


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