補足説明

背景:

すでに確立している半導体エレクトロニクスの技術をそのまま活用し、利用されていなかった電子のスピン自由度を融合させる新しい技術は,半導体スピントロニクスと呼ばれ,近年盛んに研究が行われている。半導体スピントロニクスの有力候補材料である希薄磁性半導体Ga1-xMnxAs(ガリウムマンガンヒ素)は、1996年の強磁性発現の報告以来、世界中で精力的に研究がおこなわれてきており、デバイス試作の報告もなされている。しかし、現在の強磁性転移温度(TC)は最高でも約-93 ℃と室温よりもずっと低いことが最大の課題として残っている。さらに、現状の試料作製技術においては、Gaと置換されたMnだけでなく、結晶格子の隙間に入り込んだMnの生成が避けられない(図1)。そして、この結晶格子の隙間に入り込んだMnの存在はTCが上昇しないことに影響しているのではないかと疑われていたが、これまではそれらの関係が解明されていなかった。

補足説明-図1

研究内容:

今回、独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)量子ビーム応用研究部門放射光先端物質電子構造研究グループと国立大学法人東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の藤森淳教授および国立大学法人広島大学大学院先端物質科学研究科の田中新助教らは、国立大学法人東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の田中雅明教授のグループによって作製された試料を用い,高輝度放射光施設SPring-8の原子力機構専用ビームラインBL23SUにおいて軟X線磁気円二色性実験を行った。

軟X線磁気円二色性の測定

物質に、あるエネルギーの軟X線を照射すると強い光吸収が起こる。この光吸収が起こるエネルギーはそれぞれの原子ごとに違っているので、複数種類の原子を含んだ物質であっても特定の原子に的を絞った情報を得ることができる。さらに鉄やコバルトなどの強磁性体の場合は、右回りと左回りの円偏光軟X線を照射すると、それら光吸収強度に違いが出る。この現象は磁気円二色性として知られている。そして、物質の温度や物質に印加する磁場の大きさを変えながら磁気円二色性を調べることにより、磁性を生み出している特定の原子の電子スピンがどのような状態になっているかの情報を引き出すことができる。今回は、Ga1-xMnxAsの中のMnだけの磁性情報を抽出するため、Mnだけで光吸収が起こるエネルギーを持った円偏光軟X線を用いて磁気円二色性の詳細な磁場・温度依存性測定を行った。

Mn濃度の異なる二つの試料に対する結果を比較・検討

結晶格子の隙間に入り込んだMnの影響を調べるため、図2にMn濃度が異なる試料における、試料に印加した磁場に対するMn原子1個あたりの磁化の大きさの変化の様子を示す。格子の隙間に入り込んだMnの量が少なく、TCの高いx=0.042の試料(試料中のMnのうち格子の隙間に入り込んだMnは約26%)の方がx=0.078の試料(同様約33%)に比べて、

   (1) 自発磁化が大きいこと
   (2) 磁場の大きさに対する磁化の傾きが大きいこと

がわかる。これは,Gaと置換したMnが強磁性状態になる一方で、同じMnであるにも関わらず、格子の隙間に入り込んだMnが強磁性を打ち消す働きをしていることを示す。つまり、格子の隙間に入り込んだMnが全くない試料が作製できれば、Ga1-xMnxAsの強磁性転移温度が上昇することを示す。

補足説明-図2

成果の波及効果:

希薄磁性半導体の最も代表的物質であるGa1-xMnxAsにおいて、その磁性を決定しているマンガンの磁気的な役割を明確に示した結果であり、強磁性発現のメカニズムの理解に大きく貢献するものであると同時に、Ga1-xMnxAsの磁気的特性向上への明確な指針が与えられた。また、Zn1-xCrxTeやZn1-xCoxOなど他の希薄磁性半導体においても、結晶格子の隙間に入り込んだ磁性原子の影響については分かっていないことが多く、今回の成果は希薄磁性半導体の研究分野全体に重要な知見を与えるものである。

今後の研究課題:

試料作製後に熱処理することによってGa1-xMnxAsの磁気特性を向上させることができるが、まだ室温以上での動作を確認した例がない。今回の成果により、動作温度上昇にとって結晶格子の隙間に入り込んだMnが原因であることが判明したので、これをできるだけ排除するような結晶育成プロセスの改良・研究開発が望まれる。


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