用語解説

1)レーザー駆動陽子線:

水素原子から電子を剥ぎ取った正の電荷を持った粒子(水素原子核)のことを陽子と言う。一定のエネルギーの陽子を規則正しい束にしたものが陽子線である。その内、超高強度極短パルスレーザーをターゲットに照射することにより発生する陽子線をレーザー駆動陽子線と呼ぶ。この陽子線は従来の加速器から得られる陽子線に比べ、短いパルス幅をもち、高い直進性を示すという優れた性能を持つため、装置の小型化が可能であり、産業利用、医療応用が広く期待されている。

2)陽子線によるがん治療:

陽子線などのイオン線は物質と相互作用をする際に、ある一定の深さで急激にエネルギーを失って停止し、その近傍の物質とのみ強く相互作用する性質がある。(図1)これはブラッグピークと呼ばれており、X線や電子線と大きく異なる点である。このイオン線の停止位置を人体内のがん細胞の位置に合わせてイオン線を照射すると、切開手術を行うことなくかつ正常細胞へのダメージを最小にして、がん細胞に決定的ダメージを与えることが出来る。イオン線(陽子線、炭素線)によるがん治療は、外科療法、化学療法、他の放射線治療と並んで、がん治療の重要な一角を占めつつある。イオン線(特に炭素線)による先進的ながん治療は、千葉県にある放射線医学総合研究所のHIMAC加速器で先駆的に行われてきており、優れた治療効果を示すことがわかっている。しかしながら、この方法の普及を妨げている理由の一つに治療用イオン加速器が巨大で高価であることが挙げられる。本格的高齢化社会を迎え、身体的負担の少ない粒子線治療をその需要に見合った水準まで普及させるためには、装置の大幅な小型化、低コスト化が必要である。

イオン線の発生にレーザーを使うと、その装置の大幅な小型化、低コスト化の実現が期待できる。さらには、レーザー装置そのものは放射線を発生しないので、放射線管理の必要な部分を大幅に小さくできる。そのため、加速器が寿命を終えた後に残る放射化した装置の大きさを小さくできるので、環境にやさしい加速器であると言える。現在、『「光医療産業バレー」拠点創出』プロジェクトが原子力機構関西研を中心に動き始めている。このプロジェクトでは、多くの企業、そして研究機関と共同で、レーザー駆動陽子線を使用した小型粒子線がん治療器の実用化にむけて日々邁進している。

図1.陽子線およびイオンが身体に照射された場合、身体中におけるエネルギーの付与の様子を示す

3)超高強度極短パルスレーザー装置:

パルスの拡張・圧縮を利用して、短パルスであるが高出力が得られる小型レーザー装置。1瞬(100フェムト秒以下)ではあるが、世界中の総発電量をも上回る超高強度出力(10兆~100兆ワット以上)が得られる。例えば、100万キロワット発電所で発生する電力の1万基から10万基分に相当する。

4)従来の加速器:

粒子の加速には、電場を用いる。電荷をもった粒子を電場の中へ置くと、加速されエネルギーが高くなる。よく使われている二つの典型的な加速器は、1)沢山の電極を直線上に並べ、荷電粒子を高エネルギーまで加速する線形加速器と呼ばれる装置(リニアックとも呼ばれる)、2)電極は一つしかないが、磁石の中で荷電粒子をぐるぐると何回もまわすことにより、何度も加速する円形加速器(サイクロトロンやシンクロトロンがこれに相当)、がある。より大きなエネルギーを得るためには、その装置の大きさ(線形加速器では長さ、円形加速器では半径)を大きくする必要があることと、2次的に放射される電子線やX線の遮蔽のための防御壁をより厚くする必要があることが加速器全体の大きさの巨大化という問題点を招いている。

5)新しいタイプの産業利用、医療応用:

レーザー駆動加速器からの陽子線は既存の加速器からの陽子線と比べて、@加速器全体がコンパクト、Aパルス幅が短い、B陽子線の直進性がよく方向がそろっている、C陽子線の源の大きさが小さい、D広がり角をもって伝送する、Eエネルギーの幅がひろい、などの特徴をもつ。それぞれの特徴を生かすことにより様々な応用分野への適用の可能性が指摘されている。@装置全体のコンパクト化、低価格化を活かした医療応用、A短パルス性を活かした照射試料の時間分解計測への応用、B既存加速器の前段加速器への応用、C陽子線を使ったラジオグラフィーへの応用、D材料放射化法への適用など。

図2.レーザー駆動陽子線の発生の概念図

6)テープターゲット:

繰り返しパルスを生成することのできるレーザーに追従するように、レーザーの照射位置に常に新しいターゲットを供給することのできる装置のこと。今回のレーザー駆動陽子線の繰返し生成に大きく寄与した。

図3.テープターゲットの写真。図左側よりレーザーがテープターゲットに照射され、陽子線が発生する様子を図示してある。

7)大韓民国 光州科学技術院 高等光技術研究所の小型チタンサファイアレーザー装置

図4 今回の実験で用いたレーザー装置

8)世界各国のレーザー駆動陽子線加速の実験

表1.世界各国における、繰り返し照射の可能な、超短パルス高強度レーザー(エネルギー1J級)を薄膜に照射した際のレーザーエネルギーから陽子線へのエネルギー変換効率を表す

9)変換効率3%について:

レーザー駆動陽子線加速器で最初に治療を目指しているのは体深部の癌ではなく、体表面近くの初期の癌(100グラム程度の大きさとする)などです。この場合に用いる陽子線は、エネルギー8千万電子ボルトであり、一回の治療に必要な陽子の個数(7.5〜8千万電子ボルトの範囲で)は1010〜1011個程度です。レーザーを100Hzで駆動可能と考えれば(現在開発中)レーザー1ショットあたりに必要な陽子線の個数は、約106個となります。

一方レーザー駆動陽子線のもつエネルギースペクトル(どのエネルギーの陽子が何個なのかをあらわすもの)の現状得られている典型的な例は、下図のような形になっております。レーザーパルス光1ショットのエネルギーを1ジュールとし、そのうちの3%がプロトンのエネルギーに変換されたとし、最高エネルギーが1.2億電子ボルトとすると、下図のようなエネルギースペクトルを持つ陽子線の発生となります。このときに、治療に使える7.5〜8.5千万電子ボルトの範囲の陽子の個数は、3x106個となります。これは、上記の1ショットあたり治療に必要な陽子の個数(約106個)を満たす値となっています。

すなわち、本研究結果でえられている陽子線のエネルギースペクトルの最高エネルギー4百万電子ボルトは、治療に適応するには30倍程度増加する必要がありますが、得られた3%というエネルギー変換効率は治療に十分な値となっております。

図4

図5

10)薄層放射化分析:

例えば、車の動力伝達部分における歯車の磨耗状態を調べるために、あらかじめ放射化(もともと放射線を発生することのできない物質が、他の物質より放射線を受けることにより、放射線を発生することができる状態になること)した歯車を所定の場所に組み込んでおき高速運転する。歯車が磨耗することにより放射化物が飛散されるため、その放射化物の飛散量から、歯車の磨耗状態を調べるという方法。現在は、サイクロトロン加速器を使って歯車の放射化が行われている。小型サイクロトロンを用いた放射化がおこなわれているが、サイクロトロン装置全体が放射線管理の必要な装置となり、装置を収める部屋、装置寿命後の取り扱いという検討課題もある。レーザー駆動陽子線加速器は、放射線管理の必要な部分を著しく小型化することが可能であり、工場設置型の放射化装置として活用される可能性がある。

図6.レーザー駆動陽子線を薄層放射化法へ適用した概念図

11)陽子線ラジオグラフィー:

非常に高い直進性を持つ方向のそろった陽子線を物質に照射することにより、その物質を透過してきた陽子線の空間分布と、物質を透過する前の陽子線の空間分布を比較することにより、入射陽子線に敏感な物質の空間分布情報を得ることができる。これを陽子線ラジオグラフィーという。陽子が物質にあたると、エネルギーの一部を失うか、散乱され、その軌道を曲げることにより、入射陽子線の空間分布が変調を受けることを利用したもの。また、陽子のような荷電粒子は電場や磁場の力を受けてその軌道を曲げる。これを積極的に利用すれば、プラズマ中の電場や磁場の空間分布に関する情報を得る事ができる。英国では、レーザー加速により得られた陽子線を用いたラジオグラフィーにより、レーザー駆動陽子線加速そのものを時間分解して画像計測した例などがある(Borghesi 他Physical. Review. Letters. 92, 055003 (2004))。

図7.金属のメッシュの陽子線によるラジオグラフィーの様子


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