補足説明資料

研究の背景
 電磁波(主にレーザー)の集光強度8)は、1958年のレーザーの発明が契機となり、多くの研究者によって高度化手法が改良されてきた[1]。
 原子を構成する原子核の電場と同程度の強度(1018 W/cm2)の光を物質に照射すると、紫外光・軟X線の発生、プラズマ生成が起こる。
 1018 W/cm2以上の強度では、プラズマ中に航跡波4)を生成し、X線や高エネルギーの電子やイオンを発生させるなどの新たな物理現象が引き起こされる。
 このように集光強度を高めていくと、理論的には、真空中(原子や電子の無存在状態)から電子・陽電子9)の対生成が可能となり、一般相対性理論で予言されている加速された粒子からの放射などの現象が観測できるであろうとされている[2]。
 現在、実験的に実現した集光強度の世界記録は、英国ラザフォード・アップルトン研究所で達成された1021 W/cm2であるが、これ以上の集光強度の獲得は従来の「高強度レーザー」10)では大型化なしには不可能であり、新たなブレークスルーとなる技術が待たれていた。
 それに対して、2003年に原子力機構のブラノフらがこの壁を打ち破り、より高い集光強度を達成するための画期的な提案を行った [3]。
 これは高強度レーザーをプラズマ11)中に集光することで生成される電子のかたまり(ほぼ光速で進行する鏡=光速飛翔鏡)を鏡として用いることにより、この鏡に別のレーザー光を照射し反射させて集光する方法である。この光速で進行する鏡のアイデアは、アインシュタインによって理論的に考察されていたが、ブラノフらのアイデアは、その鏡を作る方法を具体的に示し、さらに、凹面鏡にすることで、集光まで行なえる点が画期的である。この方法の利点としては、@金属等ではなく「電子のかたまり」を鏡として用いるため、強いレーザー光を当てても壊れにくいこと、Aドップラー効果により鏡に反射されたレーザー光の周波数が増大すると、同時に波長が短くなり、電磁波の性質としてその波長程度まで光を絞ることができることから、レーザー光をより小さく絞れて高い集光強度を出す条件が得られること、が挙げられる。
 図1にその原理を示す。図では、鏡を作るレーザー光をドライバー光と呼び、鏡で反射させるレーザー光をソース光と呼んでいる。この手法は、レーザーの強度を上げていく必要がなく、これまでの高強度レーザーで上記の高強度場12)を実現できる点で画期的である。すなわち、プラズマ中に生成される電子の密構造部分を構成する電子が協同して光を反射する仕組みを用いる点が非常に独創的である。これまで数値シミュレーションによってその実現可能性は示されていたが、実証実験は実現されていなかった。
 今回の成果は、以下に示す工夫によりその一部を実現したものである。





研究の内容と意義
 今回、原子力機構の研究グループは、チタンサファイアレーザーを用いて、この光速飛翔鏡の実証実験を行なった。
 図2に示す装置により、ピーク出力2テラワット(テラは10の12乗=1兆を表わす)、パルス幅70フェムト秒(フェムトは10の15乗分の1=1千兆分の1を表わす)のチタンサファイアレーザー光をヘリウムガス中に集光させた。





 ドライバー光、ソース光ともにビーム径は10 マイクロメートル程度に絞られるため、2つのレーザーをこのサイズ以下の精度で調整する必要がある。また、2つのレーザーのパルス幅(持続時間)は70フェムト秒であり、空間的な長さに換算すると20マイクロメートル程度と極めて短いため、狙いを定めて照射することがこの実験ではきわめて重要であった。しかしながら、このような精密なレーザー光照射は非常に困難であった。
 この解決策としてまず、@光学部品が微細振動することによってレーザー光が振動する原因を突き止め、レーザー光の位置の安定化を実現した。次に、A2つのレーザーを微小部分に精密に集光する技術を開発した。これは、元のレーザーから切り分けた光を照明光として用いることで、衝突する部分を顕微鏡のように観察する装置である。これを2つの方向から利用し、さらに上から観察することで、2つのレーザーが精度よく衝突するように調整できた。

 図3に、2つのレーザーの時間変化をコマ撮りしたものを示す。これは、参照光
 この結果、図4に示すように、2つのレーザーが衝突している信号を観測した。
 入射したソース光の波長は780ナノメートル (周波数 380 テラヘルツ)であったが、反射されて波長13ナノメートル(周波数23000テラヘルツ)に波長が短縮(周波数上昇)した。詳細なデータ解析の結果、これはプラズマ中に生成された電子の構造(光速飛翔鏡)からの反射であると結論付けることができた。
 本成果は、世界で初めてプラズマ中に光速飛翔鏡が実現したことをレーザー光の反射光の周波数の高度化から確認したものである。このことは、レーザー光の集光強度を飛躍的に高める可能性を持つ新しい手法を示すものである。









成果の波及
 本成果で得られた手法は、レーザーの集光強度の上昇が、実験室サイズで行なえる可能性を切り拓くものである。これにより超高強度場が実現し、真空からの電子・陽電子対生成などの超高強度場科学という新しい学問分野の開拓に繋がるであろう。また、本手法は、反射光を時間的に圧縮し、かつ、周波数を上昇させるので、新たなアト秒領域のX線源としても有望である。アト秒領域のX線、パルスを用いた研究はまだ始まったばかりであり[4]、本手法のような波長可変の方法は、この分野を推し進めるのに役立つと期待される。

 なお、本研究成果は、2007年9月28日に発行される米国物理学会学会誌Physical Review Letters(M.Kando et al., “Demonstration of laser-frequency upshift by electron-density modulations in a plasma wakefield”, 電子版)に掲載予定(9月26日(現地時間))である。


参考文献等
 [1] T. Tajima and G. Mourou, Phys. Rev. ST 5, 031301 (2002).
 [2] G. Mourou, T. Tajima, and S. V. Bulanov, Rev. Mod. Phys. 78, 309 (2006).
 [3] S. V. Bulanov, T. Zh. Esirkepov, T. Tajima, Phys. Rev. Lett. 91, 085001 (2003).
 [4] 渡部俊太郎、足立俊輔、応用物理学会誌 、第76巻、第2号 (2007).

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