補足説明資料


開発の背景
 バンデグラフなどの静電加速器で加速された数MeV級イオンビームのマイクロビームは世界数カ国で利用されており、TIARAにおいても最小で直径0.25ミクロンのマイクロビームが分析、バイオ技術研究、マイクロマシン製造技術開発などに利用されています。これらのイオンビームはエネルギーが低いことから物質中での到達深度が浅く、応用分野が限られているために、数百MeV級のマイクロビームが求められていました。このエネルギー領域のイオンビームを加速できるサイクロトロンでは、磁場中でイオンを螺旋状に数百回も回転させながら高周波電場で加速を行うという複雑な機構を有することから、単純な加速機構の静電加速器には無い技術的な課題が多くあります。これを解決するためにはサイクロトロンの改造を必要とする高度な技術の導入が必要ですが、世界的に見ても、どの研究機関でも実現しておりませんでした。


開発の内容
 主要な課題の一つは、サイクロトロンでは静電加速器の場合に比べてビームエネルギー幅(4)が10倍以上も広いことです。このためにマイクロビームレンズ(3)で集束してもエネルギーの違いでピントがあわず(色収差(5))、数ミクロン以下にはできません。そこで原子力機構の高崎量子応用研究所の放射線高度利用施設部ビーム技術開発課のグループでは、加速高周波電圧の波形を従来の正弦波から台形に近い形にすること(フラットトップ加速(6))で、エネルギーの幅を数分の1に低減しました。もう一つの主要課題はサイクロトロンの磁場強度が200トン以上もある電磁石の鉄芯の温度変化の影響を受けて僅かに変わり、イオンビームの軌道などを変化させてしまうことです。TIARAでは磁場を発生するコイルの発熱が鉄芯に伝わらないような改良やコイルの冷却水温度の精密な制御など、温度の安定化を徹底的に行って長時間に亘る磁場変動を10万分の1(従来の百分の1)に抑えることに成功しました。更に、マイクロビームレンズの主要要素である四重極電磁石(3)は、従来は駆動機構を備えてマイクロビーム形成時に位置の微調整を行っていましたが、本システムでは設置精度を高めることに重点を置いて4個の四重極電磁石を50ミクロン以下の僅かな誤差で一体的に固定するという新たな方法を取入れました。
 これにより、最小で0.6ミクロンのマイクロビーム形成を実現しましたが、実用のためにはマイクロビームを迅速かつ安定に供給することが必要です。そこで、サイクロトロンにイオンビームを供給するイオン発生装置の安定度やイオンビームを輸送するために70mに亘って配置されている約30個のレンズなどの設置精度やこれらのコイルに流す電流の安定度も徹底的に調べて改善することにより、サイクロトロンの運転開始から、それまでの半分程度の、約8時間でビーム強度などが極めて安定なマイクロビームを実験に提供することが可能になりました。


意義
 数MeVのイオンマイクロビームは、イオンが原子に当たって放出されるX線を測定して、元素に特有のX線のエネルギーから微小領域の元素分布を測定するなどの分析に用いられています。しかし、このエネルギーのイオンは物質の表面近くで止まってしまうために利用範囲が限定されていました。数百MeV重イオンのマイクロビームではイオンの物質中での到達深度がより深く直進性が高いために大型の試料を照射でき、利用範囲が大きく広がることが期待されます。これにより、半導体デバイスの耐放射線性研究では、直径200ミクロンのダイオードに対するシングルイベント効果(7)の分布を高分解能で可視化することが可能になりました。さらに、現在開発を進めている大気中で1ミクロンのマイクロビームの利用を可能にする技術により、生きた1個の細胞にイオンを狙い撃ちしてイオンの当たらなかった周囲の細胞への影響(バイスタンダー効果)を調べるバイオ研究など、最先端の研究が一層促進されることが期待されます。


今後の展開
 技術的には、集束式のイオンマイクロビームでは照射位置を磁場や電場を用いて素早く移動できることを生かし、シングルイオンヒットにより、数百ミクロンの領域内に短時間で、多数の照準点を次々に撃つ高速化(具体的には10点/秒を目指します)を進めます。これにより、短時間の実験でより多くの照射データを収集することが可能となり、応用研究における有用性を向上させます。
 本技術の応用では内外の研究者と連携することにより、微細化と共に多層化が進む先端半導体素子の耐放射線性評価技術の開発を進め、高信頼性素子の開発に寄与し、また、細胞照射影響機構の解明を進展させ、これを基礎としてイオンビーム育種や、粒子線治療の高度化に寄与します。さらには、加工技術にも応用を図り、複雑な構造を有するマイクロマシンの作成にも役立てたいと考えています。


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