補足説明資料


研究の背景
 現在小型の高強度レーザーとして、チタンサファイアレーザーの開発、利用が進められているが、装置の小型化や高性能化等の課題も多くあった。
 その一つが、必要とされるレーザー光とそれに付随する光ノイズとの比、すなわちコントラストの低さである。光パラメトリックチャープパルス増幅(OPCPA)は、Dubietis等によって発明されたレーザーの増幅法で、現在広く用いられているチタンサファイアレーザーに比してより小型化、より高性能化が実現できる新しいレーザーの増幅法として世界中で注目され、その技術開発が進められ始めている。
 しかし、小型で高強度レーザー光を得るためには、その発振時間幅(パルス幅)を短くする必要がある。このためには、多くの波長成分の増幅をしなければならず、その分広い利得領域が必要であり、広い範囲でノイズ成分が増幅されてしまう。
 従って、このOPCPAを用いた方法では、パルス幅を極めて短くすることと、ノイズを極めて低くすることを両立させることが、一般に容易ではなかった。


研究の内容と意義
 原子力機構の桐山研究副主幹らと大阪大学の宮永教授らは、以下の独自の工夫を加えてOPCPAを極限まで利用するための技術開発を進め、これまでにない小型装置で高強度・高コントラストのレーザー光を発生させることに成功した。
 すなわち、増幅によるシグナル光のパルスの広がりを抑えるため、OPCPAを4段階設けて、パルス幅に影響を及ぼすシグナル光の波長を高精度に調整できる技術を初めて開発したことと、ノイズ成分を最小限に抑えるため、空間的なポンプ光とシグナル光の重複を高めてエネルギー損失をなくし増幅器を最適化することで、OPCPAによるレーザー光の取り出し効率を高精度に最適化する技術を開発したことなど、総合的な技術達成による成果である。

 今回の成果により、これまで高強度レーザーとしてチタンサファイアレーザーを利用する際に大きな制約となっていた装置のサイズの問題では10分の1以下という飛躍的な小型化(図2)に成功するとともに、コントラストの問題では100倍以上という大幅な改善(図3)が可能となった。
 このようなレーザー装置の高性能化は、レーザー駆動陽子線がん治療への応用などに大きく寄与するものと考えられる。




図1:OPCPAの概念図
 OPCPAは、増幅したいレーザー光(シグナル光)をポンプ光と呼ばれる光と同時に非線形光学結晶に導入して、ポンプ光のエネルギーをシグナル光に移すことで、レーザー光を増幅する方法である。シグナル光が増幅されるのは、ポンプ光が導入されているときのみである。従ってシグナル光に合ったパルス幅のポンプ光を用いることにより、ノイズ成分の増幅を最小化することができ、シグナル光のレーザーパルスのみを選択的に増幅することができ、高いコントラストを得ることができる。




図2:OPCPAレーザー装置
 わずか65mmの非線形光学結晶にレーザー光を一度入射するだけで増幅できるので、装置全体をコンパクトにすることができる。




図3:今回開発したレーザー(赤)と従来のレーザー(青)におけるノイズレベルの比較
 今回開発したレーザーによるノイズレベルは、従来法で得られるノイズレベルに対して、100倍以上低減できている。


成果の波及
 本装置は、小型でかつ高コントラスト動作が可能な新たな高利得増幅器として位置づけられる。今回開発した装置で得られるレーザー光をさらに増幅することにより、今までにない高いコントラストでテラワットをはるかに超える出力を得ることができる。
 陽子線がん治療は、陽子線を人体に照射し、体内のがん細胞を破壊する治療法である。現在は、この陽子線を発生させるために、大型の施設である陽子加速器が用いられているが、小型装置で陽子線が得られるようになれば、医療分野での展開が大いに期待できる。レーザー駆動で陽子線を発生させる方法は陽子加速器を用いる方法よりもサイズを100分の1程度に出来る可能性がある。陽子線発生の実現のためには、駆動光源として用いるレーザーのコントラストが高いほど有利なため、今回の成功により、レーザー駆動陽子線開発で世界を一歩リードして進めることが可能となると考えられる。

 本研究は、原子力機構量子ビーム応用研究部門の桐山博光研究副主幹らと大阪大学レーザーエネルギー学研究センターの宮永憲明教授らとの平成18年度連携融合事業において共同開発した技術を用いて行ったものである。
 本研究成果は、2007年8月15日(現地時間)に発行される米国光学会誌Optics Letters (Vol. 32, No. 16, H. Kiriyama et al., “High-energy, high-contrast, multi-terawatt laser pulses by optical parametric chirped-pulse amplification”) に掲載される予定である。(*オンライン速報版には8月6日に掲載済)

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