補足説明

背景
 酸化チタンは約3 eVのバンドギャップを持つ半導体であり、その光触媒作用が非常に注目を浴びている。酸化チタンの光触媒作用は、酸化チタン中の価電子帯の電子が光(紫外線)により伝導帯に励起され、電子・正孔対が生成し、それら電子・正孔がそれぞれ酸化チタン表面で酸化・還元反応を起こすことで発現する。これまで、光触媒作用を示さない半導体であるシリコンに、バンドギャップエネルギーをはるかに超えるエネルギーを持つ放射線を照射すると、電子・正孔対が生成し、それらを電流として検出することができることは知られていたが、酸化チタン等の光触媒に放射線を照射した際に光触媒作用が発現するかについては、明らかにされていなかった。原子力機構では、量子ビーム応用研究の一環としてX線やγ線など放射線の利用技術開発を進めており、本研究は放射線の利用分野の拡大を図るものであり、その基礎技術の1つとして取り組んでいる。


実験
 プラスチックフィルム材を窓とした電解セルを用い、大型放射光施設SPring-8にて、X照射下における光電流および光電位測定を行った(図1)。照射したX線のエネルギーは5020 eVである。





 図2(次項)は、X線を断続的に照射しながら酸化チタン電極で流れた電流値を測定した結果である。x-ray on, offはそれぞれX線の照射開始および停止を表す。X線の照射を開始すると電流値が増加し、照射を停止すると電流値がもとの値に戻ることがわかった。さらに、図3(同じく次項)に示したように、開回路電位の測定を行った結果、X線の照射を開始すると電位がマイナス側にシフトし、照射を停止するともとの値に戻ることもわかった。この2つの結果における電流値および開回路電位の変化の特徴は、酸化チタンに紫外線を照射したときと同じであった。このような光(今の場合はX線)照射による電子生成は光触媒の特徴であり、光触媒性能を評価する指標となっている。
 この実験結果から、X線照射によっても酸化チタンの光触媒作用が発現することが明らかになった。ただし、別の実験から、光が酸化チタンに入射され電子・正孔対生成が生成されるまでの過程は、紫外線照射では紫外線により直接価電子帯の電子が伝導帯に励起されるのに対して、X線照射では、チタン1s軌道内殻励起に引き続く失活過程(オージェ失活)時に放出されるエネルギーにより、価電子帯の電子が励起されることも明らかになった(図4)。また、入射したX線光子数3×1011個/秒に対して酸化チタン内で生成した電子数は5×1012個/秒と、見かけの量子収率(IPCE)は約15と、内殻励起を伴う場合の光触媒反応が高効率で起こることを明らかにした。







 また、図5にはX線照射による酸化チタン表面の親水化特性を調べるため、X線を照射する前および1分間照射した後の、水滴と酸化チタンとの接触角の変化を調べた結果を示す。X線照射前は接触角が65°であったのが、X線照射後には5°以下まで減少することが明らかになった。酸化チタンの光触媒作用の1つである表面の超親水性化についてもX線照射により発現することが明らかになった。



意義・波及効果
 本成果は、これまで可視もしくは紫外線照射下のみで用いられてきた光触媒が、放射線照射下でも同様な作用を発現し、さらにその効果が光の場合よりも高いことを示している。このことから、これまでガンマ線やX線といった放射線は、医療器具の滅菌や一部の高分子反応の誘起など使用が限定されていたが、この光触媒と組み合わせることで、@水の分解による水素製造や環境汚染物質の除去など新しいエネルギー生産や環境保全技術の開発や、A放射線の強い透過力と光触媒の強い酸化分解力を組み合わせたより効率的で新規な放射線治療(がんなどに光触媒の薬剤を注入し、そこに体外からX線などを照射し治療する)への展開などにつながる可能性がある。

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