補足説明資料
 
 ポリ乳酸は、とうもろこしやイモ等のデンプンを発酵させて得られる乳酸を重縮合して製造される植物由来のプラスチックで、高強度で透明性などに優れています。また、焼却してもダイオキシン等の有害ガスの発生はなく、自然界でも土中または水中に生息する微生物により分解される環境に優しい材料です。さらに、ポリ乳酸を焼却して発生する炭酸ガスは元々植物の光合成によって大気中から取り込まれた炭素に由来するものであり、大気中の炭素量は差し引き変化しないと考えられることからカーボンニュートラルな材料といわれ、地球温暖化の防止や循環型社会の構築に役立つものと見なされています。一方、ポリ乳酸はガラス転移温度(約60℃)以下では硬くて脆い性質を持っており、産業応用上この性質を改善し、室温で柔軟性を持たせる必要があるため、可塑剤(柔軟剤)の種類や配合比を変化させる検討がこれまで行なわれてきました。しかし、ポリ乳酸に可塑剤を添加して柔軟にすると、室温で結晶化を起こし、これに伴い可塑剤が染み出すため、硬化して脆くなり、柔軟な状態を保つことができないという大きな問題がありました。
 原子力機構では、ガンマ線や電子線を利用して、ポリ乳酸などの生分解性プラスチック6)の分子間に橋かけ(架橋)構造を導入し、有機溶媒中での不溶化や耐熱性向上などの高分子改質の研究を進めてきました。ポリ乳酸は、そのままではガンマ線や電子線の照射により分解しますが、橋かけを促進する助剤と混合すると、ガンマ線や電子線の照射で橋かけすることを見出し、橋かけの助剤としては、トリアリルイソシアヌレート(以下TAIC(タイク))が有効であることを明らかにしています。これは、TAICが3つの反応性の高い官能基を持つ多官能性モノマーであるため、照射によりポリ乳酸と効果的に反応し、分子鎖を繋ぐ橋かけ構造を形成するためと考えられています。
 ポリ乳酸の放射線橋かけ技術を有する原子力機構と、熱収縮材や耐熱材といったポリエチレンの放射線加工製品の開発・製造で実績を有する住友電工ファインポリマー(株)が連携協力して、柔らかいポリ乳酸の開発を進めた結果、図1に示すように、ポリ乳酸に高濃度の可塑剤(20%)とTAICとを混練りし、電子線を100kGy照射して橋かけさせた後、100℃で30分間熱処理すると、橋かけしていないポリ乳酸では結晶化に伴って白濁し可塑剤が染み出しますが、橋かけしたポリ乳酸では結晶化が抑制され可塑剤が保持されて、柔軟性と透明性が保持できることを突き止めました。さらに、可塑剤添加量は、橋かけしていないポリ乳酸では最高30%程度ですが、橋かけすると倍増(約60%)できることを見出し、可塑剤の増量によりポリ乳酸の弾力性を増すことができるようになりました。また、この弾力性のあるポリ乳酸を80℃で1週間加熱しても、可塑剤はほとんど染み出さないことも確認できました。
 ポリ乳酸の弾性が保持できる原因を透過型電子顕微鏡で調べた結果、可塑剤が約20ナノメートル(1ナノメートルは1メートルの10億分の1)程度の大きさの孔に閉じこめてられていることが判明し、ポリ乳酸に橋かけ構造を導入することで、ポリ乳酸分子の再結晶化が防止され、可塑剤が固定化されることに起因すると結論できました。
 環境に優しく、柔らかいポリ乳酸は、焼却時にダイオキシン等の有害ガス発生が危惧される軟質塩化ビニルの代替材料として、パッキン、電線被覆材、自動車用内装材、壁紙、床材など建物の内装材、農業フィルム等への幅広い応用が期待されます。また、優れた弾力性を有することからコンピュータや携帯電話等の家電内部の防振材として使用されている石油合成系プラスチックに代わる材料や、生体適合性を有することからカテーテル等の医療用具への応用が期待されます。
 本研究成果は、平成19年6月22日に開催される第二回高崎量子応用研究シンポジウムで発表の予定です。
 

 

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