補足説明
 
背景@〜超伝導研究の現状〜
 超伝導現象は、マイナスの電荷を持つ電子がお互いに引力を及ぼしあってペアーを作る結果として電気抵抗が完全にゼロとなる現象である。1950年代にこの不思議な現象を説明する理論(BCS理論)が提唱され、電子同士に引力を及ぼす原因は、結晶を構成している原子の振動(格子振動)であるということが明らかとなり、BCS機構とよんでいる。超伝導現象の魅力は、室温で超伝導が発現する物質ができると電気エネルギーを全くロスすることなく全世界に配送することが可能となり、エネルギー革命が実現することである。しかし、残念ながら超伝導状態を発現させるためには低温に冷やす必要がある。高温超伝導体といわれる銅酸化物でもマイナス120℃まで冷やさなければならず、室温超伝導には程遠く固体物理の重要研究テーマの一つとなっている。
 室温超伝導体創製のアプローチとして、酸化物超伝導体などの新規超伝導体の発現機構を解明し、それを設計指針としてより高い超伝導転移温度(TC)を示す物質合成を行う方法が考えられる。しかし、これも容易ではなく、例えば銅酸化物超伝導体が発見されて以来20年経過した今も多くの研究者の努力にもかかわらずその発現機構に関しては未だ確定した見解が得られていない。

背景A〜なぜ超伝導研究の世界でダイヤモンドが注目されているか〜
 このような中、2004年にロシアのグループによってダイヤモンドにホウ素を高濃度に入れることによって超伝導が発見され注目を浴びることとなった。もともと純粋なダイヤモンドは良質な絶縁体であるが、ホウ素やリンを僅かに添加すると半導体的な性質を示すことが知られており、シリコンやヒ化ガリウムなどに続く、次世代の高周波高出力デバイスなどへの応用が期待され世界各国で研究が進められている。ダイヤモンドは宝石の王様として人類の歴史の中で輝いてきた。このようなダイヤモンドがさらに、半導体や超伝導という新しい特質をもつことが見出され、人類にあらたな輝きを与えようとしている。超伝導については、TCを上げるための研究と共に超伝導発現機構解明のための研究が盛んになってきている。

今回の成果
 このような状況の中、我々はX線非弾性散乱法によって格子振動の詳細を測定し、超伝導発現に強く格子振動が関わっていることを明らかにした。このような実験を成功させるためには単結晶試料を作成する必要があるが、これまでX線非弾性散乱4)ができるほどの大きさの単結晶作成には成功していなかった。ところが共同研究者である早稲田大学川原田教授グループが気相合成法5)によって厚さ100μm, 〜10 x 10 mm2の単結晶作成に成功し、物質・材料研究機構の高野グループリーダのグループによって超伝導特性が測定されTCが約4.2Kである良質単結晶試料を手に入れることができた(写真1)。
 この単結晶試料によってSPring-8共用ビームラインBL-35XUでX線非弾性散乱実験が可能となった。このビームラインは、エネルギー分解能が数meVを達成しておりビーム強度を含め世界最高性能を持っている。
 格子振動は、@それが進む方向とA大きさ(運動量ともいう)及び、Bそのときのエネルギーの三つの要素が決まれば状態が決定される(格子振動の分散関係という)。我々は、ダイヤモンドの格子振動の中で最もエネルギーの高い縦波光学振動モード(LO-モード)に注目し、超伝導を示さない非超伝導ダイヤモンドと超伝導ダイヤモンドのLO-モードの分散関係を観測し比較した。図1に観測されたLO-モードの分散関係を示す。ここで注目したいのは、立方体のダイヤモンド構造の対角線方向([ζζζ]方向)と向かい合う面方向([0 0 ζ] 方向)のそれぞれのLO-モードの運動量がΓ点でのエネルギーである。超伝導ダイヤモンドのエネルギーが非超伝導ダイヤモンドのそれと比較して低くなっているのが観測されている(ソフト化している)。このΓ点での振動モードは図2に見るように、立方体のダイヤモンド構造を上から見た場合、 ([0 0 1]方向)、コーナー原子と中央に位置する原子が同じ方向に、それらの中間に位置する原子は反対方向に動く振動である。このエネルギーの低下は運動量が大きくなるにしたがって小さくなっていっていることも観測されている。これらの事実から超伝導ダイヤモンドにおいては、電子が最高エネルギーの縦波光学振動モードと強く相互作用をしてこれが超伝導発現の引き金になっていることが予測される。図1(C) にはこの電子―格子振動相互作用の強さに対応する量λ(q)を示している。この発見がきっかけとなって理論的な計算からより高いTCを持つ超伝導ダイヤモンドの可能性も議論され始めている。

 今回の発見には、(1)単結晶の超伝導体の作成に成功したこと、及び(2)高輝度、高エネルギーの第三世代の放射光源を利用することによりX線非弾性散乱実験が可能となったことにより、格子振動の分散関係を観測できたことが大きく寄与している。

今後の展開〜より高い転移温度を持つダイヤモンド超伝導体の創製へ〜
 今回の結果で、約160meVという非常に高いエネルギーの格子振動が、超伝導になるにあわせてソフト化するということがわかった。このことは、この格子振動が電子の糊付けの重要な働きをしていることを明確に示している。ダイヤモンドは、一番安定で、かつ硬い物質として知られている。このような高いエネルギーの格子振動を持ちうるのは、ダイヤモンドの物質としてのこのような性質によっている。ダイヤモンドの超電導が他の物質にはない高いエネルギーの格子振動の働きによることがわかった。これは、ダイヤモンドを使えば、今までにない高い温度で超伝導になる可能性があることを示している。
 このダイヤモンドで超伝導になる転移温度を上げる次に行わなければならない指針としては、物質中の動き回れる電子の量を如何に多くするかである。すなわち、それは、如何にたくさんのホウ素をダイヤモンド格子の置換位置に導入できるかということになる。実際に著名な理論家は、ホウ素を綺麗に並べてダイヤモンド格子に入れることができたらずうっと高い超伝導転移温度のダイヤモンドができると予測している。

将来展望
〜より高い転移温度を持つダイヤモンド超伝導体が創製されるとどんないいことがある?〜
 前述のようにダイヤモンドは高い温度で超伝導になる可能性を持っていることを述べた。これが実現し、室温以上の温度で超伝導にできれば、電子素子などの応用で非常の高速の動作が可能になり、携帯電話やパーソナルコンピュータなどの身の回りの電子機器の性能が格段に向上する。
 また、ダイヤモンドで高温の超伝導体をつくればその同じ超伝導を発現する機構をもつ、しかもダイヤモンドよりも大量につくることが可能な物質によって電線や超伝導浮揚車両などが実現する。遠くにある発電所からロスなく電気輸送や、また、東京−大阪間が1時間以内に結ばれる超高速輸送など夢は大きく広がる。










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