用語説明
 
1.アクチノイド化合物
 原子番号89のアクチニウム(Ac)から103番のローレンシウム(Lr)までのアクチノイド元素を含む化合物。5f電子という他の元素にはない独特の電子をもつため、複雑な磁性や超伝導など多彩な物理現象が出現する舞台となります。しかしほとんどのアクチノイド元素は天然では存在せず、また強い放射性のため取り扱いが難しい。このためアクチノイド化合物の電子物性の研究は天然に存在するウラン(U)の場合を除いてほとんど手が付けられておらず未踏の領域となっています。


2.核磁気共鳴法
 核磁気共鳴法(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)は原子核の核スピンと電磁波との共鳴現象を利用して固体内の電子状態を探る手段で、その原理は核磁気共鳴断層診断装置(MRI:Magnetic Resonance Imaging)として医療の分野でも広く応用されています。核磁気共鳴法の最大の利点は、物質内部の様子を微視的に観測できる点で、電子がつくる微小な磁場の変化を高感度で測定することができます。原子力機構は国内で唯一、アクチノイド化合物の測定が可能な核磁気共鳴装置を有しています。


3.5f電子
 電子はその属する軌道の種類に応じて分類され呼称されます。軌道にはs、p、d、fの4種類があり、5f電子はそのうちの5f軌道上の電子です。比較的高い運動エネルギーを持つが、その軌道の空間的な広がりは大きくないという特徴を持つため、化合物を形成した際には、結晶中を動ける状態(遍歴)と、動けない状態(局在)の中間的な性質をもちます。また通常は別々の電子のスピンと軌道が、強い相互作用により結合し、両者が渾然一体となった多極子という新しい自由度を持つようになります。このような5f電子の特徴は固体電子物性における“局在”と“遍歴”という古くからの命題と“スピン”と“軌道”という今日的な課題に対し、格好の研究の場を提供しています。


4.磁気八極子秩序
1) 磁気秩序とは
 固体の中の磁気モーメントが、自発的に整列している状態を磁気秩序と呼びます。もっともよく見られる磁気秩序は磁気双極子が一方向に整列した状態で、これを強磁性状態と呼びます。磁石は、その典型的な例です。今回の発見は、整列している磁気モーメントが磁気双極子ではなく、磁気八極子であることを実証したことが特徴です。
2) 磁気八極子とは
 d電子では電子状態をスピン状態と軌道状態に分けて考えるのが一般的です。ところがf電子では、スピン・軌道相互作用が強いため、そのような分離は困難です。そこでf電子の状態を記述する物理量として多極子の自由度がもちいられます。多極子には磁気双極子、電気四極子、磁気八極子などがあります。磁気双極子はS極とN極が一対となった通常の磁化をあらわしますが、磁気八極子は磁化の異方的な分布に関連しています。(図2参照)


5.自発的対称性の破れ
 ある高い対称性を持つ物理状態がより低い対称性を持つ物理状態に自発的に移行することを指します。このような対称性の自発的な破れは,相転移と密接に関係しており,たとえば氷が解けるのは,並進対称性が自発的に破れた状態(氷)と,それの回復した状態(水)との転移です。自発的対称性の破れの例としては、物性物理学分野では磁気秩序や結晶、超伝導などが挙げられます。素粒子物理学や宇宙物理学等の分野においても見られ、広汎な物理現象を横断的に理解する重要な概念となっています。


6.電気十六極子
 磁気八極子の次に高次の多極子です。多極子には磁気的なものと電気的なものがあります。対称性に関する制約から、電気的なものとしては単極子、四極子、十六極子等、磁気的なものとしては双極子、八極子、三十ニ極子等が存在します。f電子を含む化合物の研究はまだまだ未踏の領域で、理解されていない部分が多く、電気十六極子もその存在は理論的には予測されていますが、実際に観測されたことはありません。しかしその存在が確認されれば、これまで原因がわからなかったf電子系特有の新奇な磁性や超伝導といった現象の起源が解明される可能性があります。一見複雑な現象も、起源さえ解明されればそれを制御することが可能となり、より高度なエレクトロデバイスなどへの応用の道も拓けます。


7.より精度の高い測定
 NpO2を構成する酸素核(17O)の核磁気共鳴現象を利用してNpO2の磁気状態を微視的に調べました。酸素核はその大部分がスピンを持たない16O核であり、核磁気共鳴が可能な17O核は天然には0.04%しか存在していません。そのため通常の試料では酸素核の核磁気共鳴実験は不可能でした。そこで我々は、東北大金研において、17O核を85%に高濃縮した特別なNpO2単結晶の育成を試み、その結果、約3mgの良質な単結晶を得ることに成功しました(図3参照)。得られた単結晶試料は、本実験のために新たに開発した二軸型の試料回転機構に装着され、核磁気共鳴用の超伝導マグネット内に設置されました。(図4参照)

実験結果 (図5参照)
 図5は電子が酸素核の位置につくる微小な内部磁場の磁場角度依存性を示します。核磁気共鳴実験は外部磁場をかけながら行いますが、通常、この外部磁場の方向は結晶の軸に対して固定されています。しかし今回の実験では試料回転機構を用いることにより、外部磁場の方向を自由に変えられるようにしました。その結果、NpO2の磁気秩序状態では、外部磁場の方向に対して、誘起される内部磁場が、図5に示されるような特徴的なパターンもつことを見いだしました。解析の結果、このパターンは磁気八極子の秩序を考えると良く再現されることがわかりました。さらに今回の実験では、通常にはない共鳴信号の振動現象を観測しました。この振動現象は酸素核と電子との間に、磁気的な相互作用だけでなく、電気的な相互作用が同時に存在することを示しています。振動の周期を詳しく解析したところ、磁気八極子の秩序により誘起される電気四極子の秩序によるものであることがわかりました。

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