補足資料2
 
受賞研究課題 「レーザーを用いたプラズマ電子加速の先駆的研究」の概要
 
 極めて高いエネルギーに加速された粒子を衝突させ、そこに働く力を測ることにより物質を司る根源的な法則が探求できます。現代の物理学や自然科学を発展させ、よりミクロな世界で働く力の法則を明らかにしてきたものは、科学者の洞察力と共に、高いエネルギーへと電子や陽子を加速することを可能にした科学的、技術的進歩でもありました。更に根元的な素粒子の世界を解明し宇宙の起源の理解を進めるためには、今日では数百ギガ電子ボルト(註1)を超える加速器が必要であると考えられています。


 こうした高いエネルギーを実現するため、これまで次々に大型の加速器が世界中で作られてきました。エネルギーを高めるため装置が大型化してしまうのは、加速電場勾配に限界があるためです。電子を加速するとして、マイナスE ボルト/メートルの加速電場がLメートル続くと、電子のエネルギーは EL 電子ボルトになります。加速勾配Eが大きければ大きいほど加速距離L、すなわち装置は小さくできることになります。残念ながら固体の加速管を用いる普通の方法ではこの加速勾配に限界があり、1億電子ボルト/メートル以下です。それよりも強い勾配(10億電子ボルト/メートルやそれ以上を実現するには、プラズマを使う以外ありません(参考文献[1])。 プラズマは、電離したイオンと電子からなり全体としては電気的に中性ですが、その中に「電子プラズマ波」と呼ばれる、電荷が正負に振動する波が立ちます(註2)。細かく見れば強い電場がプラズマの中に立っている。もしこの強い電場をプラズマの中に作り出し、加速させる電子をうまくそれに波乗りさせて長い距離を加速し続けることができれば、夢の加速器が実現出来ることになります(註3)。


 田島博士は1970年代の後半、アメリカのDawson博士と共同でプラズマによる電子の加速の可能性に取り組み、プラズマの中にレーザーパルスを使って強いプラズマ波動を立てる方法を考察し、計算機シミュレーションを駆使して、その波動によって電子を高エネルギーに加速することが出来ることを示しました。(参考文献[2]。)すなわち、田島博士等は、レーザー光が強度の強く短いパルスであることに着目し、(1)プラズマ振動の周期(の半分)より短いレーザーパルスをプラズマに入射すると、(2) 電子がレーザー光に揺り動かされ大振幅の(電場Eの強い)プラズマ振動が生み出されること、(3)生み出された波はバラバラにこわれてしまうのではなくそそり立つ波となって光速に近い速度で伝わっていくこと、(4)光速に近い高エネルギーの電子は波に乗り続ける(加速され続ける)ことが出来る、という、プラズマでの電子加速の鍵となる機構を明らかにしました。船が水面を速く進むとき、かき分けられた水の変動が整った航跡を作って進むように、(相対性原理のため光速を超えられないので、)レーザー光で作られたプラズマ中の加速電場はそそり立つ波の形を保ちます。それを「航跡場」と呼びました。(図1を参照。)基本的な概念と可能性を明示したこの研究が契機になり、プラズマの中にレーザーを使って強いプラズマ波動を立てる様々な方法や電子を長く加速し続ける方法が広く世界中で研究され、レーザーを用いたプラズマ電子加速の方法が発展しました。航跡場を作るためにレーザーではなく粒子ビームを入射する方法もあり、そうした研究も活性化しました。


図1 レーザーによるプラズマの航跡波の励起。短いパルスのレーザー(パルスを黄色で示す)をプラズマ(青で電子密度を示す)に入射すると、右に進んでいるレーザー光が前面の電子を押しのけ後面にくぼみをつくるので、レーザー光と共に進む電場変動(赤)を作る。レーザー光が通り過ぎた後には、切り立った形のプラズマ波が生まれます。局所的に極めて強い電場が出来それが光速に近いスピードで伝わります。(註4)


 プラズマの航跡場を使う原理が実際の加速実験の成功に結びつくには、強力で短いパルスのレーザーが作り出されるのを待つ必要がありました。今日の進展は多数の知恵と工夫の結晶ですが、そのなかから一つの鍵を挙げればチャープパルス増幅法(CPA: Chirped Pulse Amplification法)といって、レーザーのパルスを短く高出力にする方法(註5)の実用化があります。最近では、レーザーパルスは100フェムト秒(10マイナス13乗秒)以下と短く、強度は10兆ワット以上に高くなり、プラズマの電子加速の実験では密度10の19乗個/立方センチメートルのプラズマの中で10の9乗個ほどの多量の電子が1億電子ボルト級の高エネルギーに加速されています[3]。入射されたレーザー光パルスのエネルギーの10%近くが電子の加速に転換されており、高い効率が得られています。(航跡場を使う方法全体を見渡すと、10億電子ボルトを超えた電子の加速も報告されています。)最近の10年間に加速度的に成果が高まってきたプラズマを用いた粒子加速研究では、レーザーを入射した媒質での光学的振る舞いに相対論的効果が直接現れ、相対論的光学の進歩が重要でした。田島博士はプラズマのシミュレーション研究やレーザーを入射したプラズマの相対論光学についても指導的な役割を果たしてきました[4]。


 プラズマを使った夢の加速器の研究は、10億電子ボルト級の電子の加速を実証し、長い道のりのなかで新しい局面に達しました(図2参照)。今後は実際の加速器に必要な条件(エネルギーが更に高くなるか、十分多数の電子を加速できるか、エネルギーを純化し、ビームを精度良く絞ることが出来るかなど)をクリアーするためのチャレンジに取り組むことになります。また、ガン治療などに代表されるように量子ビームは様々な用途の未来が探求され、プラズマ加速の長所を活かす治療用粒子線加速器の小型化への努力も活発に開始されています。田島博士らによる研究[2]は、これらの研究の出発点としてプラズマ航跡場という本質的な鍵を示した研究であり、現在世界で活発にしのぎを削る研究レースでの不動の地位を占めています。


図2 マイクロ波を使う通常の加速器の内部(進行波型電子リニアック加速管の例)(左)とレーザーを使うプラズマ電子加速の実験装置(ミシガン大学の例)(右)


参考文献
 [1] この間の事情を説明した文献としては、例えば、西田靖:「プラズマを利用する粒子加速器」日本物理学会誌48巻(1993) 173.
 [2] T. Tajima and J. Dawson, Phys. Rev. Lett. 43, 267 (1979)
 [3] S. Mangles, et al., Nature London 431, 535 (2004),
C. Geddes, et al., Nature London 431, 538 (2004),
J. Faure, et al., Nature London 431, 541 (2004) .
 [4] G. A. Mourou, T. Tajima, S. V. Bulanov, Reviews of Modern Physics 78, 309 (2006).




補足説明

註1 電子ボルト(eV)は物理や化学で使われるエネルギーを測る単位で、一つの電子が1ボルトの電位差で得るエネルギー。1.6×10のマイナス19乗ジュール。


註2 プラズマ波は電子の密度の粗密波であり、電位の正負を伴っています。電子はイオンよりずっと軽いので、下の図のようにプラズマの中に電位の変動があると、イオンは動かず、電子だけ電位のマイナスの所からプラスの所へと動き出します。電子が集まるとそこは電位が減っていきますが(電子の減ったところは正に向かう)、電子にも重さがあるのでいったん動き出すと電位がゼロになっても止まらず、電子の運動を止めるくらい電位が負になるまで電子が集まります。するとその反発力で逆の運動が起き、電位は振動します。




註3 航跡場による電子加速機構の模式図。プラズマ航跡場の同位相で電子が加速されることにより、単色エネルギーの電子ビームが生成されます。




註4 この図は、Tajima & Dawsonの論文[2]で示されたシミュレーション結果を、今日の計算機能力でより大規模に再現し描き直したself-consistent な非線型計算の結果。パラメータは以下のとおり:
(1)レーザー強度:〜1019W/cm2(〜10の19乗ワット/平方センチメートル)
(2)プラズマ密度:〜1019/cm3(〜10の19乗個/立方センチメートル)
(3)航跡場強度:〜10 GV/cm(〜100億電子ボルト)
(4)レーザーパルス長: 〜15 fs(〜15フェムト秒、15×10のマイナス15乗秒)


註5 チャープパルス増幅法(CPA: Chirped Pulse Amplification法)はレーザー強度を高めパルス長を制御する方法。図に示すように、小振幅のレーザーパルスを分光器(プリズムの様な働き)で分け時間方向に引き延ばしたパルスにします。(スペクトルに分けるのでパルスの頭と尻尾で振動数が変わるようなパルスになります。)そのパルスを増幅し、強度を上げた後、スペクトルを合成し、短い(高強度の)レーザーパルスを作ります。


以 上

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