補足説明資料

1.歴史的背景
 太陽系には約290核種の安定な同位体が存在している。鉄より重い元素 (重量比で)の約99%は、中性子の捕獲反応過程によって生成されたと考えられており、その起源はほぼ判明している。残りの原子核は、存在比が小さく(同位体比は通常、0.1%から1%程度)、また中性子の捕獲反応では生成されないという特徴を有する。これらの天体起源が理解できず不明であることは、1950年代にW.A.ファウラー(1983年にノーベル物理学賞受賞)等によって指摘されており、現在に至るまで未解明であった。

 その起源として、宇宙線による生成、中性子星における急速な陽子捕獲反応による生成、超新星爆発の光核反応による生成、超新星爆発のニュートリノ反応による生成等様々な仮説が提唱されていたが、2004年に、我々の研究チームはこれらの同位体が超新星爆発の光核反応で生成された証拠を太陽組成に発見した(フィジカル・レビュー・レターズ、93、161102(2004)、2004年10月14日にプレス発表 http://ciscpyon.tokai-sc.jaea.go.jp/jpn/open/press/2004/041014/index.html)。


2.超新星爆発の光核反応による新しい同位体の生成
 太陽の8倍以上の大質量を持つ恒星は、寿命の最後に、超新星爆発と呼ばれる大爆発を起こす。その際に膨大な光が発生する。その光の一部は、非常に高いエネルギーを有する。高いエネルギーを持つ光が、元々存在していた古い同位体に入射して光核反応を起こす。その光核反応とは、原子核に光が入射し、1個の中性子を原子核より弾き出す。超新星爆発において、この反応が2回続けて発生することで、新しい安定な同位体が生成される。

 このような現象が実際に超新星爆発で発生したことを示す証拠が太陽組成に隠されていた。それは、「光核反応で生成された同位体の質量分布が、元になる同位体の質量分布に比例する」という経験法則(Empirical law)であり、本研究チームにより2004年に発見された。元になる同位体と、光核反応で生成された同位体は、図1に示すように、中性子の数が2個異なるという関係を有する。このような、元になる同位体と、光で生成された同位体の組み合わせが20以上存在している。その存在している量(太陽系における量)の比をとると、その値がほぼ一定であることが判明した(図2参照)。すなわち、「光核反応で生成された同位体の質量分布が、元になる同位体の質量分布に比例する」である。

図1   光によって生成される同位体と、元から存在していた同位体の関係。この図は、同位体の陽子数(元素に対応する)と、中性子数で分類して表示した図である。例えば、176Hf(ハフニウム)から、光によって2個の中性子が剥ぎ取られ、174Hfが生成される。このことは、中性子数が2個減ることに対応するので、図中で右から左に2マス分移動することに対応する。

 なお、元になる原子核の例として、Pd-104(パラジウム)、Ba-134(バリウム)、Sn-116(スズ)、Hf-176(ハフニウム)、Pt-192(プラチナ)等がある。これらの原子核から光で生成されるのは、それぞれ、中性子数が2個少ないPd-102(パラジウム)、Ba-132(バリウム)、Sn-114(スズ)、Hf-174(ハフニウム)、Pt-190(プラチナ)等である。

図2   太陽組成から、元になる同位体(なお、これらの同位体はほとんど中性子の捕獲反応で生成された)の量を、光で生成された同位体の量で、割ったグラフ。この値が、ほぼ一定であることを発見した。この値は、例えば、N(Ba-134)/N(Ba-132)の値である。


図3   超新星爆発の光核反応による新しい同位体の生成の模式図。大質量の恒星は、主要な成分が異なるたまねぎ構造をしている。太陽の質量より8倍以上重い恒星は、寿命の最後に超新星爆発を起こす。恒星全体に、微量な重元素が含まれている。この微量な重元素は、恒星が誕生した時点で星間ガスに含まれていた重元素に由来する。特に、酸素とネオンが豊富な領域(O/Ne)において上記の光核反応により、元になる重元素の同位体から新しい同位体が生成される。


図4   超新星爆発残留物の例。牡牛座のかに星雲(M1)。国立天文台、すばる望遠鏡による観測。


3.重元素(同位体)の生成と銀河系における物質の変化
 ここで、一つ大きな問題に遭遇した。それは、このような経験法則が太陽組成に存在するはずがないということである。その理由を簡単に説明する。

 約137億年前のビックバンによって水素、ヘリウム等の軽元素が生成された。それらより重い重元素は銀河系の誕生以降に、様々な個性を持つ恒星の中の核反応で生成された。
 銀河系において、多数の超新星爆発が発生していた。その超新星爆発を起こす恒星は、様々な物理的な個性(組成、質量)を有する。また、超新星爆発そのものも異なる(例えば、爆発エネルギーが異なる)。そのため、個々の超新星爆発で生成された新しい同位体の量の分布(質量分布)は、恒星(超新星爆発)毎に異なるはずである。
 そして、個々の恒星で生成された新しい同位体は、宇宙空間に放出され、星間ガスに吸収されていく。この星間ガスから新しい恒星が誕生する(ちなみに、この段階で、既に存在していた微量な重元素を含んでいる)。

 個々の恒星は、質量、組成、爆発エネルギー等が異なる。そのため、既に述べたように、恒星の中で生成された重元素の質量分布は恒星により異なる。一方で、星間ガスは様々な質量分布を持つ重元素の供給を受け、その組成(質量分布)は、時間と共に変化していった。そして、約46億年前に我々の住む太陽系が、このような複雑な経緯をえた星間ガスから誕生した。そのため、太陽系を構成する物質は、多数の恒星において生成された元素から構成される。つまり、太陽系を構成する組成(質量分布)は、多数の恒星で生成された物質の異なる質量分布の平均値にすぎず、理論的に再現することは極めて困難であり、質量分布に何かしらの単純な関係があるはずがない。

 しかし、我々は事実として、太陽系において、「超新星爆発の光で生成された同位体」の量の平均値が、「元になる同位体」の量の平均値に比例するという関係が存在することを発見した。このような経験法則が太陽組成に現れるには、個々の超新星爆発において、「超新星爆発の光で生成された同位体」の質量分布が、「元になる同位体」の質量分布に比例する関係が、それぞれに成り立っていなければならない。
 既に再三述べたように、個々の超新星爆発(恒星)は異なる物理的な個性(質量、組成、爆発エネルギー等)を有する。上記の考察より我々は、恒星の物理的な個性によらずに、「超新星爆発の光で生成された同位体」の質量分布が、「元になる同位体」の質量分布に比例するという関係が個々の超新星爆発に対して成り立つはずであるという普遍性を導いた。

 しかし、多数の異なる超新星爆発で法則が成り立っているとする普遍性は、上記の銀河系における元素の生成に対する常識と矛盾するため、その原理の解明が待たれていた。

図5   新元素の生成と進化の模式図。星間ガスから、様々な質量や組成が異なる恒星が誕生する。星間ガスの組成は銀河系の進化と共に変化するため、恒星が誕生した時点で組成が異なる。さらに、それぞれの恒星は、組成や質量等の物理的な個性が異なるために、恒星の一生の様子は異なる。また、恒星の中で生成される重元素の質量分布は異なる。生成された重元素は、超新星爆発や太陽風等によって宇宙空間に放出される。特に太陽の8倍以上の質量を持つ恒星は、最後に超新星爆発を起こし光核反応による重元素の生成を行う。


4.普遍性に帰結する3つのメカニズム
 本研究により、次に述べるの(1)から(3)の3つの理由よって、超新星爆発の光核反応による重元素生成の普遍性が存在することが判明した。その理由を順に説明する。

(1)超新星爆発以前の中性子捕獲反応過程の影響
 最初の問題点は、恒星毎に最初の組成が異なる点である。恒星毎に組成が大きく違う場合、光で生成された同位体の分布も大きく違うはずである。
 光核反応の元になる重元素は、ほとんどが、それ以前に存在していた小・中の質量(太陽質量の1倍から3倍程度)を持つ漸近巨大分岐星における中性子捕獲反応で生成された(図6参照。その生成物を赤色の丸で示す)。重要な点の一つは、太陽系の組成にも漸近巨星分枝で生成された同位体が多量に含まれている点である。なお、星間ガスにはそれ以外の重元素も混ざっているため複雑である(四角で示す)。
 我々は、超新星爆発を起こす前の段階の核反応に着目した。最後に超新星爆発を起こす大質量星においても、爆発以前に中性子の捕獲反応が発生することが知られていた。この中性子の捕獲反応による質量分布の変化をモデル計算を行い求めた。その結果、大質量星に含まれていた重元素は分布が変化し、漸近巨星分枝における中性子の捕獲反応による元素の分布と同じ分布になることが判明した。図中では、全てが赤色の丸になることに対応する。すなわち、恒星が誕生した時点で含まれていた、星間ガスに起因する物質の初期組成に関係なく、光核反応が発生する時点では、常に元になる同位体の分布は一定である。
 その後、超新星爆発が発生し、光核反応で同位体(青色の丸)が生成される。そのため、青色の丸に対応する光で生成された同位体の質量分布は、赤色の丸に対応する元の同位体の質量分布に比例する。この関係は、恒星の最初の組成に依存しない。

図6   超新星爆発の光による元素の生成の模式図。恒星が誕生する元の星間ガスには多種多様な元素が含まれている。誕生した恒星には、微量な重元素が含まれている。質量が太陽の8倍以上の恒星は、その恒星が進化する過程で中性子の捕獲反応が発生し、さらに寿命の最後に超新星爆発を起こす。元から含まれていた重元素は、中性子の捕獲反応によって質量分布が変化する。この質量分布が変換した重元素を元に、超新星爆発の光核反応で新しい同位体が生成される。

(2)最高温度が一定になるように光核反応が発生する層が変わるメカニズム
 超新星爆発は恒星毎に、爆発エネルギーが異なる。そのため、温度等の環境が異なる。光のエネルギー分布は温度に依存するため、光核反応で生成される同位体の割合が変わるはずである。
 超新星爆発において、光核反応による新元素が生成される領域は狭い範囲である。その領域は、爆発エネルギーや恒星の質量によって違う。理論計算によって、光核反応による重元素の生成する領域の最高温度が爆発エネルギーに関係なく一定であることが判明した(図7参照)。そのため、全ての超新星爆発で光のエネルギー分布がほぼ同じであり、光による新同位体の生成も同じように発生する。

図7   超新星爆発の爆発エネルギーが変化しても、光核反応が発生する領域の最高温度の分布が一定であることを示す図。T9は、109 Kを単位とする温度を示す。この例では、爆発エネルギーが20倍になると、半径が2.0〜2.8(単位は太陽質量)から、2.8〜4.6の間に移動している。しかし、最高温度の分布は一定であることが分かる。

(3)核反応に依存しない生成量
 発見された経験則によれば、光核反応では、中性子を剥ぎ取る反応が主であると考えられる。しかし、光による核反応は、中性子を剥ぎ取る核反応以外にも、陽子を剥ぎ取る核反応などがある。また、不安体同位体のベータ崩壊も存在する。そこで、個々の同位体がどのような核反応で生成されるか調べた。図8は、超新星爆発の理論計算の一例である。白色、青色が光核反応で生成される同位体を示す。その結果、質量数が60<A<140の相対的に軽い質量領域では、中性子を剥ぎ取る反応がほとんどであることが判明した。質量数が140<A<200の相対的に重い領域では、中性子を剥ぎ取る反応とベータ崩壊の両方の反応が寄与する。しかし、中性子を剥ぎ取る反応が主に有効であり、ベータ崩壊の経験則に対する影響は小さいことが判明した。

図8   核反応を示す計算結果の一例。

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