補足説明


1.研究の背景
 近年のレーザー技術の進展にともない、大きなレーザー強度を得ることができるようになった。この高強度のレーザー光を用いることにより、電子は光速度近くまで加速され、ガスや固体ターゲットのプラズマ化にともない、強い荷電分離(正電荷と負電荷の不均衡)が生じる。この荷電分離により生じる電場により陽子のような重い荷電粒子をも加速することができる。このようなレーザー駆動陽子加速は、粒子線治療、陽電子放射トモグラフィ(PET3))用の陽電子放出源の生成、放射性廃棄物の核変換など多くの応用に供し得る。陽子エネルギーはレーザー強度とともに増大(実験的にはこれまでペタワットレーザーにより60MeVが達成)し、高強度レーザーを照射するターゲットの厚さや成分にも依存することが実験的に示唆されている。レーザー駆動陽子加速実験における最も重要な目的の一つは、高品質の陽子ビームのエネルギーが深部がん治療に必要とされる200〜300MeV領域に達する条件を見いだすことである。従って、陽子の最大エネルギーに対する比例則を得ることが重要な課題となる。

2.内容
 本研究では、レーザー照射により二重層ターゲットから生じる陽子加速について、マルチパラメトリックシミュレーション4)(図1)による解析を行った。




 二重層ターゲットは、金属等薄膜の裏面に軽量(低原子番号 (Z))物質をコーティングしたもので、高エネルギー電子の発生と静電場5)の生成にともない、ターゲットがイオン化され、低Z物質が加速される(図2)。



 そこで生じる陽子ビームは指向性がよく、準単色のエネルギースペクトルを有する。エネルギー広がりはコーティングの厚さに比例し、レーザーパルスのエネルギーや形状、ターゲットパラメータを変えることにより、陽子ビームの制御が可能となる。また、このシミュレーションにより、多くのレーザーおよびターゲットパラメータの組み合わせに対する計算タスクを超並列スーパーコンピュータ上で並列に処理することができる。
 ビームのエネルギースペクトルや広がりといったビームの品質制御において、最も重要となるのはレーザー強度a、ターゲットの密度と厚さの積(面密度)σ(=nel)であり、陽子の最エネルギーをaと で整理すると、ある大きさの陽子エネルギーを得るために最も効率のよいレーザー強度と の組み合わせが存在することが分かった(図3)。



 また、図3は、σ の小さい領域(主にレーザー透過)と大きい領域(主にレーザー反射)に二分され、陽子エネルギーが最大となる の最適値(破線)は、レーザー強度に比例することが明らかとなった。レーザーパルス幅を最適化することにより、陽子エネルギーはレーザーパワーとともに増大し、ピコ秒(10の-12乗秒)以下程度のパルス幅のペタワットレーザーにより、200MeV級の陽子加速が可能であることも判明した。さらにレーザー強度が大きく、レーザー場の輻射圧6)が優勢となる領域では、陽子エネルギーはレーザーパルスエネルギーに比例するようになり、GeV7)程度以上のエネルギーにまで加速される。

3.成果
 高強度レーザー光を二重層ターゲットに照射して駆動される陽子加速について、マルチパラメトリックシミュレーションによる解析を行い、陽子の最大エネルギーに対する比例則を得るとともに、サブピコ秒パルス幅のペタワットレーザーにより、粒子線治療に必要とされる200MeV級の陽子加速が可能であることを明らかにした。これにより、陽子線がん治療等を目的としたレーザー駆動加速器を開発する上でのレーザー仕様に対する指針を得ることができた。今後、ターゲット形状などの条件を検討し、より合理的なレーザー仕様を求めていく。




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