補足説明

背景:代表的な化合物半導体であるガリウムひ素は、シリコン半導体では得られない高速動作・低消費電力などの特長を持ち、マルチメディア携帯電話端末・無線LAN・高速道路交通システムなど、高度情報処理システム向けに急速に用途を広げている。これらの応用に必要な半導体素子は、超高真空装置を利用した分子線薄膜単結晶作成法(MBE法)、有機金属ガス化学吸着薄膜単結晶作成法(MOCVD法)などによって、基板の上に原子を1層ずつ制御しながら積み上げることで作製されている。すなわち結晶表面が結晶成長のフロントになっており、成長中や成長条件下での表面構造の解析が原子層制御のための重要な知見となる。ところがガリウムひ素成長の舞台となる表面は、ガリウム原子とひ素原子の割合に依存した多様な原子配列を持っていることが知られており、原子配列と原子の種類とを同時に解析できる方法が必要とされていた。

実験:結晶成長フロントである表面構造を正しく観察するためには、結晶成長中、あるいは成長条件下で表面構造を同時に観察する工夫が必要となる。そこで原子力機構では、原子層制御した薄膜単結晶作成法の一つである分子線薄膜単結晶作成法(MBE法)とX線回折計とを一体にした装置を完成させた。化合物半導体であるガリウム原子ひ素の成長とX線回折とを同時に行える装置として、世界で初めて製作された装置である。

左の写真および図は、X線回折計と結晶成長装置(MBE装置)とを一体化した装置で、原子力機構ビームラインBL-11XUに設置されている。このような実験装置を開発することによって、GaAsのMBE成長中や成長条件下での表面構造を解析することが可能となった。


図1 実験をおこなった放射光ビームラインの装置


 実験では、放射光から複数の波長のX線が取り出せることを利用した。ガリウムひ素(001)表面で結晶成長中に現れるc(4x4)と呼ばれる表面は、ガリウム原子とひ素原子とから形成されている。ところが、通常の電子線回折やX線回折では、原子の大きさ(電子の数)しか区別できず、表面真上から見た場合、図2(a)のように見える。この図では、ガリウム原子とひ素原子とをそれぞれの電子の数に比例した大きさの円で描き分けている(表面第1層からさらに奥のほうにある原子は半分の大きさで描いている)。しかし、この図から、どれがガリウム原子でどれがひ素原子なのかを見分けることは困難である。ところが、図3に示すように、複数の波長のX線を使った測定をすることにより、原子の種類を特定した回折強度を得ることができる(X線異常分散法)。これは可視光領域で言えばカラー画像を得たことに相当し、図2(b)のように、原子の種類の違いを明確に区別することができる。この結果、表面第1層の構造が図に示すようなGa原子とAs原子とのペアー(円で囲んだ部分)からできていることを直接観測できた。


図2 今回観察に成功したガリウムひ素の表面構造。


図3 X線回折強度がX線のエネルギー(波長)でどのように変わるかを測定したデータ。赤い線が、ガリウムとひ素のペアーができている場合に期待される変化で、緑の線がひ素とひ素のペアーができている場合に期待される変化を表す。実験結果(黒丸)は、赤い線と同じ変化をしている。




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