平成24年度原子力機構新入職員歓迎式 理事長訓示

平成24年4月2日

皆さん、おはようございます。この度は、わが原子力機構の仲間に加わっていただき、ありがとうございます。わが機構には、社会から負託された使命があります。その使命を達成するためにやるべきことが山ほどあります。皆さんへの期待は皆さん自身が想像されるより恐らく遥かに大きいものです。きょうのこの機会に、私からお伝えしたいことは、この一点に尽きるように思います。

何よりも、組織の発展には、新しい人材の投入による新鮮な活力の注入が不可欠です。夢と希望に満ちた、新進気鋭の皆さん方を、わが独立行政法人日本原子力研究開発機構にお迎えすることができたことは、私達にとってこれほどありがたく心強いことはありません。役職員一同、心から皆さん方を歓迎します。

機構のように、研究開発を目的とする組織において、この若い血の注入がもつ意味はきわめて重要です。科学的大発見や革新的技術の創造は、それぞれの研究者や技術者の初期の頃の業績にその源があることが多いからです。若さの特権である斬新な発想が必要だからだと、私は考えています。皆さんへの期待の第一は、この特権を最大限で活用してほしいという点です。

昨年、3月11日に発生した東日本大震災の影響はまことに甚大です。震災後一年以上経った今、なお、被災地では深刻な状況が続いています。災厄によってお亡くなりになった方々のご冥福を皆さんとともにお祈りし、また、避難され心労の絶えない毎日を過ごされていらっしゃる多くの方々に、皆さんとともに、心よりお見舞いを申し上げたいとおもいます。

この震災により、福島第一原子力発電所は、過酷事故という、起きてはならない事故を起こしました。現在、サイト外地域の除染活動等による環境修復とともに、将来の原子炉解体を見据えたサイト内施設等の安全管理など、事故からの復興に向け、国を挙げて全力で取り組んでいます。当機構も、事故発生直後から政府の種々の機関へ専門家を派遣するとともに、その後も、サイト外においては環境放射能の測定や除染、サイト内においては廃止措置計画の技術的検討など、出来得る限りの協力を行っているところです。

我々、原子力研究開発に関わる者としては、この事故の意味するところを深く噛みしめ、人間社会にとって原子力とは何かをあらためて問い直す必要があるようにおもいます。その点に関するわたしの思いは、いずれお話する機会があるかもしれませんが、一言でいえば、自然災害、自然現象に対して、我々、原子力に携わる者たちは、とくに謙虚でなければならないということだとおもいます。人間がこの地球上に暮らして行くにあたっては、人のおごりや過信は決して許されないことを、これほど厳しい形で教えられるとは、誰が想像していたでしょうか。

皆さんは、この謙虚さを決して忘れることなく、原子力に係る研究開発に従事し、さらにそれを後世に伝える役割を担うことが期待されています。このようなことが、新年度最初に新入職員を迎える行事の場で語られたことは過去にはどこの組織でもなかったことではないかと思います。できれば、これからもないことを祈っています。その意味で、皆さんへの、この期待には、特別のものがあります。

原子力に対する人々の見方は、国内的にも国際的にもこの事故によって大きく変わるかもしれません。その変化を、我々は、虚心坦懐に受け容れることから始めなければなりません。原子力は、これまで、社会的に特別な位置づけを与えられ、どちらかというと恵まれていたことからすれば、この変化は、過去に全く経験したことがない、未曾有の窮地であり、原子力という科学技術にとっては文字通り新たな挑戦になるのだと、感じています。

この試練を乗り越えて行くには、原子力に対する社会の厳しい眼をむしろバネにして新たな道を切り拓くほどの心構えが欠かせないことを、きょうのこの機会に敢えてお願いしておきたいと思います。なぜならば、この心構え如何が、将来の原子力研究開発の帰趨を左右すると、私には感じられ、その道程の長さを考えると、成功物語の主役を演じ得るのは、きょうの日に機構職員となる皆さんをはじめとする若い世代だと思うからです。皆さんへの期待は真に大きいと言わざるを得ません。

心構えという抽象的表現では、何を期待されているか具体性に欠けるという思いを抱かれるかもしれません。この点について、私は、昨年の新入職員を迎える式の場で、ある碩学の思想を下に私見を述べました。人間の思考過程とその限界を超える方法を探究し、人工知能に関する先駆的業績により計算機科学分野の最高の賞であるチューリング賞を受賞するとともに、組織内の意思決定問題としてその方法論の重要性をはじめて明らかにしたことでノーベル経済学賞も受賞するという稀有な科学者である、ハーバート・サイモンという人の行動科学的システム科学論にもとづく考えです。

たまたま、この3月27日まで、日経新聞朝刊の経済教室欄の中の「危機・先人に学ぶ」シリーズで、9回に分けて、そのサイモンが採り上げられていましたから、読んだ人がいるかもしれません。興味のある人は、彼の著作、とくに、「システムの科学」と邦訳されていますが、生産活動や社会活動などの人間の営みと、自然や周囲の環境など外部との間の調和を図りつつ、人工的産出物や営為が進化していくための方法論を示唆している「The Sciences of the Artificial」を参考にしてください。今日は繰り返しません。

きょうは、皆さんが、機構において、今後、何を目標にされるかを考えるに当たっての材料としてもらえればと、機構の将来の方向性について、私の感じているところをお話ししたいとおもいます。

原子力機構は、一独立行政法人として設置法にもとづいて、国民から負託された使命、すなわち、その達成すべき目的と業務範囲が規定されています。国民の税金によって運営されている以上、我々の事業が法的に定められた業務に原則的に限定されるのは当然であると、私は考えています。

同設置法では、主要事業として、高速増殖炉サイクル技術、高レベル放射性廃棄物処分関連技術、核融合エネルギー技術、量子ビーム応用技術のそれぞれの研究開発の4事業を位置付けるとともに、原子力特有の安全性や核不拡散、核セキュリティなどの横断的共通分野や科学技術としての原子力の基盤を支える先端基礎や工学基礎分野、さらには、それらの研究開発を遂行して上で必要となる、計算科学・産学連携・人材育成・情報発信などの諸事業に取り組むべきことを定めています。

このような設置法にもとづく事業の詳細については、別の機会に譲るとして、ここでは、独断と偏見の誹りを免れないかもしれせんが、私の考える今後の機構のまさに主要な事業に関し少しく説明を加えておきたいと思います。

何と言っても、最初に取り組むべき課題は、「福島第一」への技術協力です。「福島第一」を国内的にも国際的にも安心してもらえる状況に復旧することは、日本の原子力技術者の責務であり、機構は、その中心的役割の一翼を担うべきことが社会的に負託されている、と私は考えています。事故以降、福島技術本部と称する組織を機構内に設置し、これまでは、主として、サイト外地域の除染活動などの環境修復に向けた国の取組みに協力してきましたが、今後は、それに加えて、原子炉の解体に向けて種々の技術的課題を解決して行くことがますます求められており、機構が有する諸施設や専門的知見を駆使して、いろいろな実証的試験等を行う使命があると考えています。

第2に、高速増殖原型炉「もんじゅ」、再処理、地層処分などを中心とする、いわゆる核燃料サイクルに係る技術研究開発課題にこれからも取り組む必要があります。ただし、福島第一事故を受けて、現在、政府は日本の原子力政策を見直し中であり、この分野の事業内容はその検討結果如何によって変わるかもしれません。しかしながら、核燃料サイクル、とくにそのバックエンド、使用済み燃料に係る技術開発は、国際的にも原子力分野での最重要課題であり、その状況はこれからも続くと予想されることから、日本の技術的役割の重要性は今後とも変わらないと考えています。地道な辛抱強い取組みが必要です。

第3に、深刻な福島第一事故は原子力安全の重大性をあらためて再認識させるもので、将来に向けた先進的安全研究開発課題に率先して取り組むべき責任が機構にはこれまで以上にあります。短中期的には、過酷事故に関する現象論的研究と工学的安全強化策研究に係る課題と、中長期的には、機構がこれまで取り組んできたナトリウム冷却炉や高温ガス炉のような将来型炉の固有の安全性に係る課題があると考えています。

そして、第4に、核融合エネルギー技術研究開発と量子ビーム応用技術研究開発に代表される、将来技術の創出と基礎基盤技術の創成に向けた革新技術の研究開発課題です。核融合エネルギー技術は、現在、ITERと称する国際協同プロジェクトに参加し、機構はその日本の指定参加協力機関として中核的な役割を担っています。また、量子ビーム応用技術では、従来型の原子炉・加速器等の諸施設とともに、東海村のJ-PARCと呼ばれる先端的施設を利用した研究開発が国際的に大いに注目されています。これらの革新的研究開発分野への期待は、今後、ますます増大するものと考えています。

これらの事業は、したがって、それぞれに非常にチャレンジングな課題を内包しており、配属先がそのいずれであっても皆さんにとって遣り甲斐のある分野であることは間違いありません。新たな職場でのお仕事を通して、皆さんご自身、そのことをきっと実感されることでしょう。

ところで、日本国は、異常なほどの財政難に陥っており、機構の予算は決して潤沢ではありません。私は、この点について、機構の職員に、それぞれの創意工夫によって、この厳しい予算制約を克服しようと、頼んでいます。皆さんへの私からの期待とお願いのいまひとつはその点です。

機構は原子力に係る専門家集団です。わたしは、ときどき、専門家とはどのような人を指すのか、自問することがあります。専門的知識や経験を有する人であることは言うまでもありませんが、私にはそれは必要ですが、必ずしも十分ではないような気がしています。社会は必要十分な専門家を求めています。私には、その十分条件とは、非専門家では不可能な創意工夫が編み出せる人ということのように感じています。

なぜならば、深刻な財政難の下、「福島第一」という苦境を乗り切るとともに、将来に向けた革新的技術開発にも取り組むために、今、我々、機構に問われていることは、それぞれのところで現実に遭遇する、個々の難題を解決するために何ができるか、を我々自らが提案し実行することだからです。何か頼まれたことや決められたことを行うだけでは不十分でしょう。少なくても、周囲の人たちはそのように感じているのではないでしょうか。それに応える必要が機構にはあります。

我々は、今、この認識に立ち、機構を挙げて、負託された事業に取り組もうとしています。皆さんは、我々のいわば同志として、この認識を共有し、一緒になって協力してくれることと信じています。

皆さんの、機構における将来が実り多いことを祈念して、祝辞とします。

以上


戻る