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原子力機構が保有する「常陽」は、世界的にも貴重な高速実験炉です。これまでに、高速炉の技術開発においてさまざまな中性⼦照射の場としての活用を検討するなか、最近ではがん治療に用いられる医療用ラジオアイソトープ(以下、医療用RI)の大量製造に向けた研究も東京都市大学と共同で進めています。今回は医療用RI製造の研究開発における最新情報を紹介します。

最初に「常陽」について教えてください。

「常陽」は、高速増殖炉の成立性を確認するための実験炉です。高速増殖炉は、核分裂直後のスピードの速い中性子(以下、高速中性子)で核分裂を連鎖させ、消費した核燃料より多い核燃料を生成、すなわち増殖できるのが大きな特長です。天然資源を保有しない日本において、海外からの輸入に頼ることなく準国産のエネルギーとして利用を可能とするものです。

成立性を確認した現在は、次世代の原子炉燃料や材料の開発、安全性に関する実験などを行うことができる、世界的にも貴重な高速実験炉として利用しています。照射した燃料や材料の照射後の試験を行う施設が隣接しており、試験用集合体を迅速に移送して状態を確認する検査や、試料を入れ替えて「常陽」に再装荷することも可能です。

「常陽」で研究が進められている「医療用RI」の製造について教えてください。

医療用RIは、診断や治療のために利用される放射性物質です。体内に投与した医療用RIから放出される放射線を体外から測定して病巣の位置や分布状況を特定する検査や、放射線でがん細胞を死滅させる「内用療法」に活用されています。

α(アルファ)線放出核種を用いた内用療法(α内用療法)は、β(ベータ)線核種に比べてがん細胞のみの死滅効果が大きいことから治療効果が期待されており、今まさに国際的な薬剤開発競争が行われています。α線放出核種でもアクチニウム225は、α線を4回放出することから治療効果が高く、有望視されています。しかし、現在世界に流通しているアクチニウム225は世界的に希少なトリウム229の放射性崩壊により生成するもので、世界での供給量は不足しています。その量は、1年間で前立腺がん患者約3,000名分の治療薬に相当する程度と大変希少です。

諸外国では加速器を用いた製造法の確立を目指しています。一方、原子炉でも高速中性子をラジウム226に照射することで製造できます。「常陽」はアクチニウム225の製造に適した大容量の高速中性子照射場を有していることから、大量製造の可能性があり、技術の確立に向けた研究を進めています。

アクチニウム225の製造で難しい点はありますか?

原料であるラジウム226自体が放射性物質なので管理や取扱いには細心の注意が必要で、原子力機構の設備、技術、経験を活用する必要があります。

また、ラジウム226に高速中性子を照射すると目的のアクチニウム225を製造できますが、同時に重さ、半減期、放出する放射線の異なる、医薬品には不向きなアクチニウム227も製造されてしまいます。2つのアクチニウムを分離することは非常に難しいため、さらにもう1段階の工程を加え、上の図のように、ラジウム225の自然崩壊を待って抽出する技術を採用する必要があります。

医療用RIの製造により、どのようなことに貢献することができますか?

海外からの輸入に頼っている医療用RIのなかで、多様ながんへの有用性が期待されているアクチニウム225を国内で製造できるようになれば、国内外を問わず、世界の人々の健康に大きく貢献できます。また、日本の貴重な輸出資源になることも見込まれます。

先述したように世界中で医療用RIの研究が進んでおり、2016年には末期の転移性前立腺がんに対してがんの消失例が報告され、2020年には南アフリカなどでアクチニウム225を使用した治験が開始されています。しかし、日本では研究に必要なアクチニウム225の確保が十分とはいえず、医療の実用化に向けた治験の円滑な実施が困難です。まずは数多くの研究者に活用してもらえるよう、我々が製造実証を行い、製造量を増やす方策が急務と感じています。

今後の計画について教えてください。

「常陽」は2022年12月現在、運転再開に向けた新規制基準への適合性の審査が行われています。2024年度末の運転再開を目標に許認可手続、工事を進めていく計画です。照射技術、化学処理などの研究を進め、運転再開後は2026年度中を目標にアクチニウム225の製造実証を進めていく予定です。その後は研究用アクチニウム225の安定供給に向けて製造量を増加させていく予定で、この目標に向けて、ラジウム226の調達も進めていく計画です。

原子力は幅広い分野で役に立つ技術です。医療用RIの製造はもちろん、宇宙炉の開発や基礎物理研究といった、医療分野以外での活用も行われています。また、高速炉は未来に向けたエネルギー資源の確保に寄与するものです。「常陽」の幅広い利活用が世界の課題を解決できると信じ、これからもまい進していきます。

【日本原子力研究開発機構広報誌「未来へげんき No.65」掲載】

※掲載内容は2023年1月時点のものです。