2023年11月9日
理化学研究所、日本原子力研究開発機構
東京大学、科学技術振興機構(JST)

隠された磁気を超音波で診断
-高速磁気メモリ開発に向けた材料研究の新手法-

概要

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームのトマス・リヨンス学振特別研究員(研究当時)、ホルヘ・プエブラ研究員、東京大学物性研究所の大谷義近教授(理研創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームチームリーダー)、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの山本慧研究副主幹(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者、理研開拓研究本部柚木計算物性物理研究室客員研究員)らの共同研究グループは、磁場には容易に応答しないにもかかわらず磁気を内に秘める材料「反強磁性体[1]」の性質を、超音波[2]を用いて詳細に調べられることを実証しました。

本研究成果は、磁気メモリの高記録密度化および動作高速化や高周波磁場の検知を可能にするとして注目されている反強磁性材料の新しい物性測定手法を提供し、今後幅広く利用されると期待されます。

反強磁性体に対して適切な測定条件を整えることによって、微弱な超音波が反強磁性磁化の応答を増幅する現象「反強磁性共鳴」を引き起こします。この共鳴には反強磁性体の特性に関する情報が豊富に含まれていますが、通常の磁場を使った方法では測定が難しく反強磁性の実験研究は特定の材料を除いてあまり進んでいませんでした。

今回、共同研究グループは、層状構造を持ち反強磁性を示す三塩化クロムの剥片を基板上に配置し、基板表面を伝わる超音波(表面音波)の透過率を測定しました。その結果、磁場に依存しない超音波によって反強磁性共鳴の観測に初めて成功し、その詳細な性質を明らかにしました。

本研究成果は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(11月8日付:日本時間11月9日)に、Editors' Suggestion(編集者が選抜する、特に重要かつ興味深い成果と判断された論文)として掲載されました。

超音波デバイス上に配置した三塩化クロムの剥片

背景

磁石は磁気テープやハードディスクなどで広く記憶素子として応用されてきましたが、次世代の情報処理デバイスにおいてはさらなる素子の小型化と動作の高速化が求められています。私たちが通常目にする磁石は、原子サイズの微小な棒磁石がN極の方向をそろえて整列した構造を持つ強磁性体と呼ばれる材料です(図1a)。このような材料においては素子のサイズにもメモリの書き込み速度にも物理的な限界があり、現在の技術は既にその限界に達しつつあります。

自然界には原子サイズの棒磁石がより多様なパターンを持って整列し、普段の生活では磁石として認識されない磁石が無数にあります。その中で、N極とS極の方向が互い違いに、ちょうど全体の磁化[3]を打ち消すように整列した磁石を反強磁性体と呼びます(図1b)。この配列であれば磁石で微小なセルを作った際に周囲に磁場を生じないため、強磁性体よりも狭い領域に多数のセルを敷き詰め素子を高記録密度化できます。またN極がそろった場合と比較してN極とS極の方向が互い違いの配列は頑強で、反強磁性体は強磁性体より「硬い」磁石です。物をたたいて音を出すとき硬い物がより周波数の高い(つまり振動が速い)音を出すのと同じように、反強磁性体では強磁性体の場合よりも磁化を速く振動させて高速に情報を書き込むことが可能です。

反強磁性体はこのように通常の磁石とは全く異なる構造と性質を持ちます。しかし、たくさんの材料が半世紀以上昔から知られているものの、ごく最近まで日の目を見ることはありませんでした。その理由の一つは、全体の磁化がゼロであるため磁石であるにもかかわらず磁場を用いて性質を調べることが難しい点にあります。原子サイズの棒磁石が、ミクロには整列しているのですが、マクロにはそれが隠されているのです。このことは応用上の利点でもあり、もろ刃の剣ですが、その物性測定においては避けて通ることはできません。一つの解決策として、磁場を使わない方法で反強磁性体を調べることが考えられます。

図1 強磁性体(a)と反強磁性体(b)のミクロな構造の模式図

磁石においては構成する原子サイズの棒磁石が整列しているが、そのパターンが強磁性体と反強磁性体では異なる。点線は磁力線を表す。強磁性体は磁力線が外に漏れ出してマクロな磁化を持ち磁場に引き寄せられるが、反強磁性体は磁力線が物質内で閉じて外に漏れ出さず全体の磁化が打ち消し合ってゼロであるため磁場に反応しない。

研究手法と成果

共同研究グループは、超音波を使えば原理的にミクロな棒磁石の配列と関係なく磁性を調べることができる点に着目しました。超音波は原子の振動が波として伝わる現象です。原子が振動することでそれに付随した棒磁石も大変弱くですが振動します。超音波を反強磁性体に照射し、透過してくる信号を測定することで、このミクロな棒磁石の振動が透過信号に与える影響を介して磁気的な性質をのぞき見ることができます。まさに反強磁性体用の超音波エコーといえます。

今回の実験では、超音波として固体の表面に沿って伝わる表面音波を用いました。スマートフォンなどでも広く応用されている表面音波は周波数を制御するのに適しています。図2に示すように、圧電体[4]であるニオブ酸リチウムの基板上に一組のすだれ状電極を配置することで、表面音波を発生させその透過波を電気信号として検出できるようにしました。電極間に接着テープを用いて剥離した反強磁性材料の三塩化クロムの剥片を置いて、そこを通過する表面音波の透過率を測定することで試料の磁気的な性質を調べました。

図2 超音波測定装置

透明なニオブ酸リチウム基板の上に表面音波(超音波)の発生・検出に用いる電極が配置されている。中央部分の拡大図に示したすだれ状電極の一方から表面音波が生じ、電極間に置いた三塩化クロム膜を透過した波がもう一方のすだれ状電極で電気信号に変換されて検出される。

通常、超音波による原子の振動が原子に付随したミクロな棒磁石に与える影響は小さすぎて、試料の磁気的な性質による透過率の変化はほとんど現れません。しかし超音波の周波数を変化させると、ある特定の周波数においてミクロな棒磁石の超音波への応答が劇的に増幅されます。このような現象は共鳴と呼ばれます。例えば楽器のチューニングでも共鳴による増幅効果が用いられています。音叉(おんさ)は、ある特定の周波数の音波を浴びたときにだけ強く応答して自身も振動することで音を出します。音叉の場合、この特定の周波数は音叉の材質と形状で決まっています。磁石にもそれぞれに特徴的な共鳴の周波数があって、その大きさはミクロな棒磁石の並び方やそれらを囲む原子や電子の状態を反映します。特に磁気的な共鳴の周波数は外部磁場の大きさや方向によって変動し、この外部磁場依存性から磁気の性質に関する情報を引き出すことができます。今回の実験では超音波の周波数を固定した状態で磁場をチューニングして共鳴が起こる条件を決定しました。

図3に超音波の透過率の磁場依存性をカラーチャートで表した結果を示します。円形のチャート上の各点は磁場の大きさと角度に対応しており、カラーチャートが黄色になっている各点において、微弱な超音波に対して反強磁性磁化の応答を増幅した反強磁性共鳴が起きて透過率が大きく変化していることを表しています。これらのチャートはある規則を持ったパターンに従っており、理論モデルと照らし合わせることで三塩化クロムの磁気的性質に関わるパラメータを定量的に算出することができます。

今回の実験においては、三塩化クロム膜の温度上昇に伴う共鳴パターンの変化も調べました。6枚のパネルは左上から右下に向かって温度を少しずつ上昇させた場合の共鳴パターンの変化を表しています。共鳴が起きる磁場の値は黄色で示され、温度が低いときは、8の字のパターンを持って分布していますが、温度を上げていくと徐々に変形して、高温側では四方に切れ目を持った円形の分布になります。最高温(-259℃)の右下のパネルは明確な共鳴を示しておらず、この結果からこの温度においてミクロな棒磁石の整列が崩れ、反強磁性磁石としての性質が失われていることが分かります(図3f)。

図3 超音波透過率の磁場依存性

それぞれのパネルが、基板面内で、磁場を0ミリテスラ(mT)から50mTの範囲で全方位変化させた場合の透過率を色で表したもの。明るい色が低い透過率に対応し、黄色を示す磁場の大きさと角度において、共鳴が起きて超音波が磁石に吸収されたことにより透過率が下がっていることを示す。パネルaからfのアルファベット順に従って測定時の温度が高い。

これまで三塩化クロムをはじめとする反強磁性体の共鳴現象は、振動する磁場を用いて測定されてきました。マクロには磁化を持たない反強磁性体の特徴によってさまざまな制約を受けるため、強磁性体の場合と比較して得られる情報が非常に限られていました。一方、今回の研究で用いた超音波による共鳴手法では、反強磁性体においても強磁性体の場合と同等の測定精度や情報量を得ることができます。実際、図3に示したような、共鳴パターンの明瞭な磁場角度依存性や温度依存性が得られた例は過去には非常に少なく、それらと比較しても全方位にわたる高精度な角度依存性が比較的容易に得られることから、超音波による磁気測定の有用性を証明する結果となりました。

今後の期待

超音波によって反強磁性共鳴を起こすためには、測定に用いる材料や基板の選択、電極のデザイン、試料の基板への固定、磁場や温度の精密な制御など、さまざまな技術的課題がありました。それらの課題を綿密に準備した実験で乗り越え、初めて超音波による反強磁性共鳴を実現しました。そこから得られた知見は期待通りに多くの有用な示唆を含んでいます。本研究成果は反強磁性体を調べるための新手法として今後利用が広がると予想されます。

三塩化クロムを含め、反強磁性体の多くは半世紀以上前から存在が知られているものばかりです。ただ、発見当時は実験技術の水準が低かったことで材料としての理解が進まず、その後忘れ去られていました。しかし磁石でありながら磁化を持たず、通常の強磁性体よりも磁化が速く振動するなどの特徴が情報処理や磁場センサーに応用できる可能性があることが認識され、近年その重要性が見直されています。

今回用いた表面音波のような最先端技術を使って実験を行うことで反強磁性への理解が深まり、より応用研究に適した材料の開発が加速することが期待されます。

論文情報

<タイトル>
Acoustically driven magnon-phonon coupling in a layered antiferromagnet

<著者名>
Thomas P. Lyons, Jorge Puebla, Kei Yamamoto, Russell S. Deacon, Yunyoung Hwang, Koji Ishibashi, Sadamichi Maekawa, and Yoshichika Otani

<雑誌>
Physical Review Letters

<DOI>
10.1103/PhysRevLett.131.196701

補足説明

[1] 反強磁性体

原子の中には鉄のように個々がミクロな棒磁石として振る舞うものがあり、磁石においてはそれらの原子サイズの棒磁石がある規則性を持って整列している。その中で隣り合うミクロな棒磁石が互い違いの方向を向き、全体として磁化がゼロとなるように整列したものを反強磁性体と呼ぶ。

[2] 超音波

物質中の原子・分子の振動が波として伝わる現象である音波の中で、人間の耳が聞き取れる範囲を超えて高い周波数(振動数)を持つもの。

[3] 磁化

磁石が磁場を作る能力を数値化した量。電場を作る能力を示す電荷と異なり、大きさだけでなく方向も持つベクトル量。

[4] 圧電体

電圧が加わると膨張・収縮またはひずみなどの変形が生じる特殊な物質。圧電体を用いて、電気信号と力学的振動(すなわち音波)を相互に変換する素子をつくることができる。

共同研究グループ

本研究は、理化学研究所が実験装置の開発や試料作成、測定とデータ取得において中心的な役割を果たしました。実験データを解析するための理論の構築と運用は日本原子力研究開発機構が主導して行われました。東京大学物性研究所は実験データの解析において大きく寄与しました。

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム
  学振特別研究員(研究当時) トマス・リヨンス (Thomas Lyons)
  研究員           ホルヘ・プエブラ (Jorge Puebla)
量子効果デバイス研究チーム
  専任研究員         ラッセル・ディーコン (Russell Deacon)
  チームリーダー       石橋幸治 (イシバシ・コウジ)
強相関理論研究グループ
  客員主管研究員       前川禎通 (マエカワ・サダミチ)

東京大学 物性研究所
  大学院生          ユンヨン・ホワン (Yunyoung Hwang)
(東京大学院新領域創成科物質系専攻 博士過程3年)
  教授            大谷義近 (オオタニ・ヨシチカ)
 (理研 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー)

日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター
スピン-エネルギー科学研究グループ
  研究副主幹         山本 慧 (ヤマモト・ケイ)
  (JSTさきがけ研究者、理研 開拓研究本部 柚木計算物性物理研究室客員研究員)

トマス・リヨンス

ホルヘ・プエブラ

大谷義近

山本慧

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「コヒーレント磁気弾性強結合状態に基づく高効率スピン流生成手法の開拓(研究代表者:大谷義近)」、同若手研究「マグノニック結晶におけるスピン波非相反性に関する理論研究(研究代表者:山本慧)」、同基盤研究(B)「力学回転とスピンの相互変換(研究代表者:前川禎通)」、および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」の研究課題「非相反表面波:材料科学に使えるアノマリー(研究代表者:山本慧、JPMJPR20LB)」、同CREST「実験と理論・計算・データ科学を融合した材料開発の革新」の研究課題「ナノ構造制御と計算科学を融合した傾斜材料開発とスピンデバイス応用(研究代表者:能崎幸雄、JPMJCR19J4)」、「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」の研究課題「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人、JPMJCR1874)」、「情報担体を活用した集積デバイス・システム」の研究課題「非古典スピン集積システム(研究代表者:齊藤英治、JPMJCR20C1)」ならびにLANEF(Laboratoire d’Alliances Nanosciences-Energies du Futur)のChair of Excellence採択課題 ”QSPIN - Quantum spinconversion functionalities in magnon - phonon coupled systems”(研究代表者:大谷義近)と理研戦略的パートナー連携事業「単一励起マグノン・フォノントランスデューサーの開発」による助成を受けて行われました。

参考部門・拠点:先端基礎研究センター
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