2023年10月11日
株式会社 豊田中央研究所
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
一般財団法人 総合科学研究機構

自動車向け燃料電池内部の水の挙動を解明
~中性子と放射光による観察に世界で初めて成功~

【概要】

株式会社 豊田中央研究所 (豊田中研) 、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)、一般財団法人 総合科学研究機構 (CROSS) の三機関は、大強度陽子加速器施設 (J-PARC)(※1)物質・生命科学実験施設 (MLF) エネルギー分析型中性子イメージング装置「RADEN」のパルス中性子ビーム、および大型放射光施設SPring-8(※2)豊田ビームライン(BL33XU)の放射光X線を用いて、車載用大型燃料電池内部の水の挙動を明らかにすることに成功しました。

中性子の特性を活かして、燃料電池内部のマクロな水の分布を広視野で可視化し、放射光X線の特性を活かして燃料電池内部の積層方向におけるミクロな水の分布を高分解能で可視化しました。

その結果、燃料電池の長尺方向数十㎝にわたり形成される特徴的な水の分布が、燃料電池内部の積層方向数百µmにおける水の移動の影響を受けていることを明らかにしました。今後、車載用燃料電池の更なる性能向上に貢献する技術への発展が期待されます。

この研究成果は、アメリカ化学会(ACS)の論文誌「ACS Energy Letters」に2023年7月20日に掲載されました。

【背景】

再生可能エネルギーから製造できる水素の有効利用は、カーボンニュートラル実現の鍵として期待されています。水素と酸素(空気)から電気を生成する燃料電池は、副生成物として水しか排出しないため、自動車用・定置用の電源として活用されています。さらに2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、大型トラック、船舶、鉄道、スマートシティーなど幅広い分野での活用を目指した開発が進んでいます。

燃料電池の発電性能の向上には、材料開発だけでなく、発電によって生成される「水」の管理が重要です。水が燃料電池内部に滞留すると、電極への水素や酸素の供給が阻害され、発電性能が低下する恐れがあります。そのため、電池の外に水を効率的に排出するための技術開発が必要です。そのためには、燃料電池内での水を観察し、水の滞留・排出機構を理解する必要があります。燃料電池は金属ケースで覆われており、内部の水を観察するのが技術的に難しいことが多いため、開発の現場ではコンピュータを用いたシミュレーションが力を発揮してきましたが、実験によって実際の様子を観察することが強く求められてきました。

燃料電池は長さ数十㎝、厚さ数µm~数百µmのシート状の電極材料および電解質膜を積層して作られます。そのため燃料電池内部の水の挙動を理解するためには、「セル全体の水分布を可視化するための広視野観察」と、「セルの積層方向に沿った水移動を可視化するための高分解能観察」という二つの観察技術が必要です。我々はこれまで、大型放射光施設SPring-8豊田ビームラインにおいて、高分解能観察の技術開発(※3)を進めるとともに、 J-PARCのエネルギー分析型中性子イメージング装置「RADEN」においてJAEA、CROSSと共同で広視野観察の技術開発(※4)を進めてまいりました。

【研究内容と成果】

トヨタ自動車 株式会社が2020年12月に販売したFCEV「MIRAI(第2世代)」の実機セルを用いて、発電中の水分布をJ-PARC「RADEN」にて広視野観察した結果、MIRAIの開発過程においてシミュレーションで予測されていた特徴的な水の分布を実際に確認することができました。さらに、実機セルと同じ電極材料を用いて小型セルを作成し、SPring-8にて、発電中のセルにおける積層方向の水分布を高分解能観察したところ、カソード(電極材料)からアノード(電極材料)へのミクロな水移動が、実機セルで観察されたマクロな水分布に大きく影響を及ぼしていることがわかりました。

【本研究の意義、今後への期待】

本研究で開発した車載用燃料電池の水解析技術は、燃料電池の性能に影響を及ぼす滞留水の解析に応用でき、将来の燃料電池の高性能化に不可欠な役割を果たすものです。現象解明による制御方法の最適化だけでなく、現象に対する正しい理解に基づいた材料・流路のコンセプトの立案とその検証など、燃料電池の研究開発を加速する様々な展開が期待されます。

【参考図】

図1. © 2023 American Chemical Society.

a: 車載用燃料電池の外観図。図では空気の流路が示されており、水素の流路は反対側のため図には記載されていない。幅約25 cmの点線枠は測定範囲を示す。

b: 車載用燃料電池内部の水を観察する装置の模式図。温度制御用の熱媒を流した金属パッドでセルを締結し、中性子ビームを照射し、検出器で透過中性子像を得る。

c: 小型セルの流路の模式図。長さ6 mmの三本の流路が示されており、図中点線枠は可視化範囲。

d: 小型セル内部の水を観察する装置の模式図。小型セルは集電板で挟まれており、放射光X線は集電板の隙間を通って小型セルに照射される。温度制御はエンドプレートに挿入したヒーターで実施する。

図2. © 2023 American Chemical Society.

a: J-PARCで得られた車載用燃料電池内部の水の分布。水量をカラーで示しており、水が少ないほど青色に近く、水が多いほど赤色に近い。ガスの供給方向に対して垂直に中性子を照射しているため、得られた水分布はカソードとアノードの合算である。

b:車載用燃料電池内部の水分布をガス供給方向に沿って評価した結果。グラフ横軸およびPosition1-4は図2aに対応。

c: SPring-8で得られた小型セル内部の水の分布。水量をカラーで示しており、水が少ないほど青色に近く、水が多いほど赤色に近い。ガスの供給方向に対して平行に放射光X線を照射しているため、得られる水量は流路方向の積算値である。

d: カソードに供給するガスの湿度を振りながら小型セル内部の水量を評価した結果。湿度を変化させたのは、車載用燃料電池の内部湿度がガス供給方向に沿って変化する様子と対応させるため。グラフ縦軸の水量は、車載用燃料電池内部の水量と直接比較できるように換算した値。

図2bとdより、車載用燃料電池内部と小型セル内部で液水量は近い値を示した。これは車載用燃料電池内部の局所的な水分布を小型セルで再現できていることを意味する。また、小型セル内部の液水分布の湿度依存性を詳細に解析した結果、車載用燃料電池の空気入口付近(x = 20 mm)の多量の水、および空気出口付近の水の減少は、どちらもカソードとアノードの間における水の移動によるものであることが明らかになった。

<論文情報>

「3D Water Management in Polymer Electrolyte Fuel Cells toward Fuel Cell Electric Vehicles(自動車用固体高分子形燃料電池の内部における三次元水管理)」

雑誌名ACS Energy Letters(オンライン版7月20日)

吉宗航*1、樋口雄紀*1、加藤晃彦*1、日比章五*1、山口聡*1、松本吉弘*2、林田洋寿*2、野崎洋*1、篠原武尚*3、加藤悟*1

https://doi.org/10.1021/acsenergylett.3c01096

*1: 豊田中央研究所、*2:総合科学研究機構、*3: 日本原子力研究開発機構

【用語解説】

※1. 大強度陽子加速器施設(J-PARC)

J-PARCは日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、物質科学を含む幅広い分野に関連する世界最先端の研究が日々行われています。物質・生命科学実験施設(MLF)では、大強度の陽子ビームを用いて世界最高クラスのパルス状中性子ビーム(パルス中性子ビーム)およびミュオンビームを利用した物質科学、生命科学の学術研究ならびに産業応用研究が進められています。

※2. 大型放射光施設(SPring-8)

SPring-8は、世界最高性能の放射光(荷電粒子が磁場で曲げられるとき、その進行方向に放射される電磁波)を利用することができる大型実験施設であり、国内外の研究者に広く開かれた共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で優れた研究成果をあげています。

※3. SPring-8豊田ビームラインに構築した燃料電池内部における水の高分解能観察技術

トヨタ自動車、SOKEN、豊田中央研究所は、SPring-8豊田ビームラインにおいて、燃料電池車の運転を模擬する小型評価ベンチ、X線を透過できる特殊な発電治具、および高速・高感度X線カメラシステムを開発し、燃料電池内部の水を “視える化”することのできるX線ラジオグラフィー法を開発しました。
https://www.tytlabs.co.jp/cms/news/topic-20210419-1912.html

※4. J-PARCに構築した燃料電池内部における水の広視野観察技術

日本原子力研究開発機構(JAEA)、総合科学研究機構(CROSS)、豊田中央研究所は、エネルギー分析型中性子イメージング装置「RADEN」において、実際の車載用の燃料電池を発電させながら内部の水を広視野(約30 cm角)観察するため、ガス供給・排気設備・試料(燃料電池)環境調節設備・発電設備を統合したシステムを構築するとともに、オペランド観察のために時間分解能を向上させる技術開発を行ってきました。

参考部門・拠点:J-PARCセンター
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